お問い合わせ

インタビュー

「背が低くても諦めない」150cmの女の子がモデルに転身したシンデレラストーリー/三田村 綾香

#モデル #三田村綾香 #MONA

働き方の価値観が大きく変わろうとしている現代社会。
新型コロナウイルスの影響により、未来はさらに見通しづらくなりました。

そんななか「好きなことをして生きる」を体現しているのは、モデル事務所『MONA』所属の三田村綾香さん。
幼少期からファッション雑誌の世界に憧れた、元は普通の女の子です。

150cmと身長に恵まれなかったにも関わらず、モデルへと転身を遂げた彼女のシンデレラストーリーに迫ります。

■プロフィール
・三田村 綾香(みたむら あやか)/27歳
・モデル事務所『MONA』に所属しながら、150cmのSサイズモデルとして活躍中
・2014AW関西コレクションをはじめ、各種ファッションショーやTV出演の経験あり
・モデル活動の一環としてウォーキング講師も兼任する
・ファッションブランド『EMODA』でのアパレル販売員の経験を活かし、ファッショニスタとしても注目を浴びる
・「低予算での高見えお洒落マジック」や「映えるプチプラ旅極めました︎」などのコンテンツを発信し、現在のインスタのフォロワー数は3万人超え

150cmの私はモデルになれない…?

ーインスタフォロワー3万人…!“みにあや”の愛称で親しまれている三田村さんの現在の活動内容を教えてください。


いまは仕事いくつしているんだっけ…(スケジュールを見つめる三田村さん)。
1、2、3、4、5…6つの仕事をこなしています!

大きく分けると、モデル事務所『MONA(モナ)』の所属モデルとしての仕事と、フリーランスとしての仕事。2つの軸で活動していますね。

MONAではファッションショーの出演や雑誌の撮影など「モデルのお仕事」がメイン。
最近は、MONAに入ってきた新人モデルさん向けに「ウォーキングの講師」も任されるようになりました。

あとは「プロデューサー」のように、事務所からデビューするダンスボーカルユニットの打ち出し方や企画を考えることも。

フリーランスとしては、SNSを使った「PR」のほかに、自分で服を仕入れながら「アパレルECサイトの運営」もしていて、PRに最適な人材の「キャスティング」を依頼されることもあります。

ーそもそも、モデルを目指すようになったきっかけは?

ごく普通の理由で、キラキラしたモデルの世界に憧れていたんです。
小学生の頃から服が好きだったのでファッション雑誌をよく読んでいて、「モデルさんになれば、かわいい服に囲まれて生きていけるんだなぁ」と想像していました。

ーモデルの活動はいつから?

高校生の頃からです。150cmと身長が低いせいで入れる事務所がなくて、ずっとフリーで活動していました。
撮影と聞けば、雑誌のスナップをはじめ手当たり次第に応募していましたね。

17歳からはウォーキングスクールにも通い始めました。
元有名モデルや現役モデルが講師をするスクールがあって、オーディションも紹介してくれると聞いたからです。ただ、ここでも身長の壁が…。

オーディションのほとんどは、条件が身長160cm以上。150cmしかない私はもちろん、応募すらできませんでした。

なんとか書類選考が通っても、オーディションは不合格。
だからこそ、他のモデルさん以上にウォーキングのレッスンに励み、講師の方からも認められるほどの実力を付けました。

でも、とあるオーディションで同じスクールに通う高身長の新人モデルさんと一緒になったときに、その子だけ合格することがあって。ウォーキングのスキルより、高身長であることが優先されるのだと、現実をハッキリと突きつけられました。

ウォーキングが上達しても状況は変わりません。

「コンプレックスさえも言わばモチベーション!」と考えて、チャンスを掴みに自分から動くようになりました。

高校生の頃から、1人で東京にオーディションを受けに行ったり、モデル界隈のコネクションを作ったり。インスタの発信に力を入れ始めたのもこの頃からでした。

ー高校卒業後もフリーでモデル活動を?

高校卒業後はモデル活動を主軸に、『EMODA』でアパレル販売員のアルバイトを始めました。ただ、当時はお金と時間がなさすぎて苦労しました…。

フルタイムで働いても月給は15万円なので、一人暮らしすらできません。
それにモデルのオーディションは急遽決まることも多くて、「また誰かにシフトを変わってもらわないといけない」と相談することが億劫になり、目の前のチャンスを逃すこともありました。

モデル

結局、アパレル販売員を4〜5年も続けているうちに責任と仕事も増えて、どんどんモデル活動に割く時間が減っていきました。
今を生きるために目の前のことしか見えていなくて、いつの間にかモデル活動からアパレル販売員に軸足が移っていたんです。

「身長が低いからどうせ無理だ」、「目の前の仕事が忙しいから」と言い訳して、モデルへの道を諦める理由を探していたのかもしれません。

“自分らしさ”という個性で夢よりも遠い未来へ

ーでも、そこで諦めなかったから今の三田村さんがあるはずですよね。アパレル販売員からモデルへ転身できた理由について教えてください。

現在所属しているモデル事務所『MONA』との出会いがモデルをはじめ、“好きなことをして生きる”自分になれた人生のターニングポイントでした。
当時は今みたいな自分になるなんて、想像すらできませんでしたから。


MONAが生まれた2016年に「初めてのファッションショーを開催するので、オーディションを受けませんか?」とお誘いを受けて。
見事に合格して出演が決定。そこからMONAの雑誌の0号にもモデルとして誌面を飾ることになりました。

MONAのコンセプトは『一般人だった“わたし”が変わるシンデレラストーリー』。
あくまで、一人ひとりのモデルを起点に考えてくれていて、100人いたら100人が活躍できるフィールドを用意してくれます。

“自分らしさ”という個性を受け入れて、引き伸ばしてくれる環境と出会えたことで私は変われました。

ーMONAと出会ってからは順調にモデルとしてのキャリアを歩み始めたのでしょうか?

いえ、一時期はMONAを抜けて、モデルすら辞めようかと思うこともありました…。MONAでは、半年ごとに人気モデルを決めるランキング投票があるんですよ。思うような結果が得られなくて落ち込む時期が続きました。

そうすると、コンプレックスの身長が余計に気になり始めて。街を歩いているだけで、すれ違う人全員から見下されているような気分でした。「誰とも会いたくない!」なんて日もありましたね。

ーどうして辞めなかったんですか?

MONAのおかげです。所属モデルは「思考の作り方」や「モデルとしての考え方」などを学ぶ機会があるんですよ。
辞めなかったのは、そこで「メンタル次第で出来事や言葉の捉え方は変わる」と教えてもらえたおかげです。

例えば、気持ちが下がっているときって、人の言葉が嘘っぽく聞こえたり、物事を批判的に捉えたりしませんか?

一方で、調子が良い時はスッと入ってきて、腑に落ちますよね。出来事や言葉の受け取り方はあくまで自分のメンタル次第なんです。

メンタルを整えるために、日頃よりポジティブな言葉を発するように心がけています。これも「自分の言葉が自分を作る」と学んだからです。

ポイントは自分の言葉を最初に耳にするのは自分自身だということ。
例えば、誰かに「かわいい」や「きれい」などポジティブな言葉を伝えているとき、実は自分が誰かから言われているのと同じ効果を持っているんです。逆も同じなので、陰口や批判は絶対口にしません。

メンタルコントロールを覚えたこの頃から「人と比べても仕方ない。比べるのはあくまで過去の自分自身」とコンプレックスが和らいで、気持ちが楽になりました。

ー芸能界を生き抜くために大切なメンタルコントロール法ですね!他にもMONAで学んだことはありますか?

「収入源は1つではなくて、複数持つべき」と今の時代において大切なことを学びました。さらに一歩踏み込んで言えば、複数あるなかでも優先順位をつけることが重要ですね。

当時の私の場合なら、生きるためにアパレルの仕事を優先してしまい、多くの時間を費やしていました。そのために、本当にやりたいモデル活動に時間を割けない状況に。

だからこそ、まずはリセットするためにもアパレル販売員を辞めて、モデル活動に軸足を置くことを決断。そうしてモデルの優先度を高めると同時に、収入源を複数持てる方法を探しました。

つまり、まずはやりたいことの優先度を高くして、複数の収入源を持つことが大切です。
この状況を生み出すことで、もし1つの仕事がダメになってもやりたいことを続けられます。

逆に、やりたいことの優先度が低く、目の前にある1つの仕事だけ続けていると、いつまで経っても身動きは取れません。やりたいことにより集中するためにも、新しいことに挑戦することも心がけています。

ー「複数の収入源」「優先度」「挑戦」が大切だと。ただ、それを継続することは簡単ではないですよね。何が三田村さんの支えになったのでしょうか?

ひとつはMONAのなかで自分の個性や長所を理解できたこと。あとは、「すごいね!」とか「できるよ!」などポジティブな言葉で、周りが背中を押してくれたおかげです。

ウォーキングのレッスンを受ける立場から講師になれたのも、事務所の方々が「ウォーキング上手いね!人に教えられると思うから、講師の視点でレッスンを受けてみたら?」と言葉をかけてくださったのがきっかけ。

それまでは、高校生の頃からウォーキングレッスンを受けていたので、周りのモデルさんよりもできて当たり前だと思っていました。

ただ、「たくさんのモデルを見ている事務所の方が言うなら一理あるな」と腑に落ちて。
それに、「コンプレックスの小柄な体格すら武器になるのでは?」と言われた時はハッとしましたね。

私と同じく身長が低いモデルさんに教えるときや、むしろ身長を活かしたウォーキングやポージングがあると発想を転換できました。「150cmは個性。それを活かせば、モデルとして活躍できるフィールドは広がっている」と、今では身長のコンプレックスも解消できました。


ーフリーランスの活動を始めるときも、何かきっかけがあったんですか?

それも同じく、周りの声が自信に繋がったからです。MONAのみんなが「ファッションのことは三田村に聞け」と、私の感性に賛同してくれたんです。

またある日、何気なくインフルエンサーの方のインスタを見ていて、私も同じアイテムを持っていることが多いと気づけたのも、些細なきっかけになりました。

「私のファッションへの感性はフリーランスの発信者として通用するかもしれない」と、これまで以上にインスタに力を入れ、ECサイトの運営もスタート。

初めは「ゆくゆくは収入になれば良いな」と軽い気持ちで、とりあえずやってみることが成功につながりました。
自分の個性や長所に気づかせてくれて、それをさらに伸ばしてくれる環境があったからこそ、想像していなかった今があるのだと思います。

「私なんか」と諦めないで。“わたし”はこの世でたったひとりの存在だから


ーMONAのコンセプトは『一般人だった”わたし”が変わるシンデレラストーリー』ですよね。普通の女の子が三田村さんのようなシンデレラストーリーを歩むために、言い換えれば“好きなことをして生きる”ためには、何から始めれば良いのでしょうか?

「情報の差は収入の差」と言われるように、まずは知識を身につけることですかね。私の場合はMONAで得た知識が今でも役立っています。

まずは、自分がやりたいことや自分がなりたい姿を想像して、そのために何をしなければいけないのかを知ること。
それができれば自分にどんな知識が必要なのかが分かります。

自然とアンテナも張れるようにもなり、普段は聞き流していたような話もしっかりキャッチできるようになるはずです。

1人で学ぶのではなく、教えてもらえる環境を作ることも大切ですね。自分のやりたいことを口にすることで、「この子はモデルを目指しているから、ウォーキングの技術や業界へのコネクションを求めている」とイメージを持ってもらえるようにしています。

そうすると、自然と必要な情報が舞い込んでくるようになりました。

あとは、人からもらった言葉をまずは素直に受け止めること。私が色んなことにチャレンジできたのも、素直に周りの言葉を受け止めて、行動に移してきたからこそだと思っています。

もちろん、その経験のなかで失敗することもありました…。でも、目の前のチャンスを逃すより、やってみて失敗する方が良くないですか? トライアンドエラーを繰り返すしかないと考えています。

ーチャレンジを大切にしている三田村さんですが、今後の目標を聞かせてください。

プロデュース業を中心に取り組んでいきたいです。今は表に出るモデルの仕事よりも、ウォーキング講師をはじめ裏方の仕事にやりがいを感じることが多くて。

「女性が美しさや自信を手に入れて、キラキラと輝いていく姿を見ることが大好きなんだ」とようやく気づけました。
それに私1人の幸せを求めるより、今の自分から変わりたいと思っている女性のターニングポイントに携われる方が、何倍も幸せそうじゃないですか!?

ー変わりたいと願う女性に向けて、三田村さんから最後にメッセージをお願いします!

諦めずに挑戦し続けることで、いつか花開く瞬間は訪れます。150cmでモデルになれた私が言っているので、間違いありません!

私以外にもきっと多くの人が見た目や年齢、性別、環境を理由に、自分で自分の可能性を自分で潰してしまっているはず。

今までは「私なんか…」と諦めてしまうことも多かったと思います。
でもこれからは、「私なんか」じゃなくて「私は」って言いませんか?

「私はこれがしたい」とか「私“も”なにかやってみよう」でも良いと思います。行動と発信を続けていれば、色んなチャンスに巡り会えますし、支えてくれる仲間や環境とも出会えます。

私がここまで来られたのも周りから「できるよ」と背中を押してもらったおかげですから。
この記事を通して、1人でも多くの女性が輝くための第一歩を踏み出してくれたら嬉しいです。


TAG

Written by

松田岳

松田岳

1992年生まれのフリーライター兼編集者。前の仕事は中途採用の転職エージェント。現在は採用・医療・グルメのジャンルを中心に取材から執筆まで担当しています。人生で大切なことは漫画とアニメが教えてくれました。