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インタビュー

TikToker・YouTuber ニャンチーズ トモキ|挑戦することの大切さを動画で届けたい

#TikToker #YouTuber #ニャンチーズ #トモキ

YouTuberやTikTokerの人気が地上波テレビにも波及し、今や老若男女を問わず職業として認知されている動画クリエイター。コロナ禍の影響で先行きの見えない昨今にも関わらず、あえて後ろ盾のないフリーランスのクリエイターとして生きていく覚悟をしたのがニャンチーズ・トモキさんです。

今や人気TikTokerとなった彼に、意外な生い立ちから今後の展望までお話をお伺いしました。

■プロフィール
ニャンチーズ・トモキ
1999年6月生まれ。大阪府出身。大学在学中の2020年11月より“毎日投稿”を目標にTikTok上で本格的なクリエイター活動をスタート。“大阪の卑しい人”をテーマに「うわっ卑しっ!」のフレーズを多用したネタ系動画がバズを起こしたことから、人気TikTokerの仲間入りを果たす。2022年1月現在、そのフォロワー数は17万を超える。また2021年からはYouTubeでの動画配信もスタート。大阪〜東京間をママチャリで旅した動画を公開するなど精力的に活動中。
TikTok ID:@nyanchi_z
YouTubeチャンネル:「ニャンチーズ」

恥ずかしがり屋の幼少期を経て人気者に

―トモキさんは大阪府出身ということですが、どんな子ども時代を過ごされてましたか?

実は生まれた場所は大阪ではなくて、小学校3年生までは東北の方で暮らしていました。小学校4年生のタイミングで大阪へ引っ越してきたんです。大阪に来る前は恥ずかしがり屋で、みんなの前に立つことも苦手なタイプで。カメラも嫌い、カメラの前に立つことも嫌いでした。

友だちの前ではリーダーみたいに振る舞うけど、実際人前に出ると恥ずかしくて何もできないみたいな子どもでしたね。

―今のトモキさんとはイメージが違いますね。

小学校4年生で大阪に来て、初めての土地で自分からコミュニケーションをとらないといけない、そんな環境の中で徐々に関西人のノリに染まっていったというか。前に前に出るのが好きになっていきましたね。具体的なきっかけは思い浮かばないんですけど、6年生の時にはもう同級生や保護者の前に立って友だちと漫才してましたね。

―トモキさんが大阪に来てポジティブな方に変われたのは、周りのお友だちに恵まれた面もありますか?

友だちの影響はすごくありますね。みんなめちゃくちゃ優しくて面白い子たちばっかりでした。遠くから引っ越してきた僕を明るい雰囲気で迎えてくれました。

―お友だちからの影響もあって自然と関西人の“ノリ”に染まっていったトモキさんは、中学〜高校時代はどんな学生生活を送っていましたか?

ひとりがめちゃくちゃ嫌いで、ひとりで何かするんやったら友だちと過ごしていたいっていうタイプでしたね。もちろん友だちと遊ぶことが多かったですし、もうすっかり目立ちたがり屋になっていたので、学祭の劇で主役をやったりとか。体育祭の応援団で副団長をやったりとかしてました。

―そこから大学へ進学されて、ニャンチーズのパートナーでもあるりゅうせいさんと出会われる?

そうですね。りゅうせいとは1年生の頃に出会ってすぐに意気投合しました。りゅうせいはもともと高校生のときに漫才をしていて、人を笑わせるのが好きでお笑い芸人を目指していたタイプ。とにかくエンタメが大好きな人間って感じですね。

―じゃあ出会ってすぐにニャンチーズを結成された?

そうですね。りゅうせいと話している中でTikTokをやってみようとなって動画も作り始めました。それと僕もりゅうせいも“テレビに出たい”と思っていたので、出演者募集をしているNHKの番組にエントリーして、実際に出演することもできました。

コロナ禍とバズった相方とTikTok

―トモキさんが公開している動画の中にはインドを旅行されている様子を記録したものもありました。海外旅行は頻繁にされていたんですか?

初めての海外旅行でタイへ行ったんですけど、その時にバックパック一つ背負って事前に宿もとらずに現地で行き当たりばったりの生活をするという経験をして、めちゃくちゃ楽しくて。そこから“次はどこへ行こうか?”ってなったときに、バックパッカーの聖地と言われているインドに興味をそそられて、大学2年生の夏に実際に行きました。

―大学生活を送る中でTikTokでの活動はどのように進めていったんですか?

大学1年生でりゅうせいと出会って、アカウントを作ってはいたんですけど、遊びの一環といった感じで面白い動画が撮れたら投稿するみたいな。今のように頻繁に投稿するスタイルではなかったですね。

―ではトモキさんがTikTokに力を入れるようになったのはいつ頃からですか?

僕が本腰を入れるようになったのは、2020年の11月ごろからですね。実はその年の夏頃に、相方のりゅうせいが個人のアカウントでバズったんですよ。相方として嬉しい反面、悔しいという思いもあって。

りゅうせいに追いつきたいっていう気持ちから“俺も頑張らなあかん”と。“相方に出来たなら僕にもできるはず”という自信はあったんで、アルバイトも辞めて1ヶ月間ホテルにこもってひたすらネタを考えることに専念しました。

―そこから本格的にクリエイターとして動画投稿していく覚悟を決めたと。

それともう一つ理由があって。実は2020年は1年間海外留学する予定だったんですよ。

―それがコロナで行けなくなってしまった?

そうなんです。社会人になってしまったらできることも限られてくる。だから時間があるうちにしたいことをしようっていうのが僕の中の“理想の大学生生活”としてあって。

学生の間にいろんな挑戦がしたかったんです。例えばビジネスコンテストに出るだとか、旅をするとか、無人島に行くとか色々考えていたことがありました。英語も学びたかったですし、旅も好きだったんで、たくさんあった挑戦したいことの中の一つが海外留学でした。

―コロナ禍の影響ということで仕方がない面もありますが、めちゃくちゃ残念でしたね…

本当なら今ごろ留学してたのに、海外に行ったらやりたいことも出来て充実してたはずやのにと思いつつ、日本でダラダラと過ごすことになってしまったんですよね。そうしているうちに就活を始める時期になって。

その時、僕は「したいこともできずになんとなく就活を始めてしまっていいんだろうか?」って不安になって。就活していく中で自分が本気になれる場所を見つけられないまま、適当に就職していいのか…。

そこに行っても楽しめると思うんですけど、本当に人生が楽しく、豊かに、ワクワクするようなものになるかなって思ったときに企業に就職することに不安を感じたんですよね。

―そういう経緯もあって、TikTokでの活動に専念されることになったんですね。

留学出来なかったのは残念でしたけど、逆に考えると留学がなかったから今の活動ができている。もし留学していたら今とは違う道に進んでいたかもしれませんね。

「うわっ卑しっ!」誕生秘話、そして夢を叶える覚悟

―TikTokでのクリエイター活動に本腰を入れると決めてからネタを考える日々が始まったわけですね。

そうですね。まずは自分をユーザーにしっかり認知してもらうための戦略を考えました。2020年の秋頃ってTikTokの中でインパクトのあるフレーズを使うのが流行っていて。面白くて耳になじんで、頭にも残るようなフレーズを作れば、絶対にバズって、僕の顔とアカウントが認知されるんじゃないかと考えました。

一言でハマりそうなフレーズを何個も考えていたんですけど、その中で、友だち同志の会話の中で、普段から“卑しいなお前!”って言い合うノリがあったんです。仲間内で“うわっ卑しっ!”っていうツッコミのフレーズがあったんですけど、他で使っている人をあまり見かけなかったんで、そのフレーズを使った動画を毎日投稿するようになりました。

―そういった経緯で生まれたフレーズが狙い通りにバズったと。

はい、フレーズが生まれて定着したことでその後の動画も作りやすくなりましたね。

―“大阪の卑しい人”という看板コンテンツができたことで、クリエイターとしてやっていく覚悟みたいなものができましたか?

2020年11月からTikTokに本腰を入れるようになって、そこから2021年3月ぐらいまでは就活も一応並行はしてたんです。その頃はフォロワーが4万人くらいの時期で、お金も入ってくる状況じゃなかったですし、それだけで食べていけるほど甘い世界ではないということも理解していました。

でも2021年は就活をやめて動画に専念して、本気で挑戦してみたいって思ったんです。

―トモキさん自身に手応えがあったということですか?

そうですね。今考えたらフォロワー数4万人〜5万人くらいでは、就活をやめてやっていけるほど確証はなかったんですけど、自分の中で道筋が見えていたというか謎の自信があったので。1年は動画に専念する覚悟を決めました。

―トモキさんのその覚悟についてご両親はどんな反応をされていましたか?

納得していなかったですね。僕の将来のことを思って心配もしてくれました。でも僕自信初めてだったんです。自分自身が叶えたい将来像とか、やりたいことを真剣に考えて、それを親に伝えるということが。それまではあまり親にはっきりと将来の夢とかを言ってこなかったんですけど。

親に対して“こういう計画を立てていて絶対に成功できる自信がある。そこでもし成功しなかったら来年必ず就職するので、1年間だけチャンスをください”って思いをぶつけて、なんとか説得することができました。

トモキさんが描く青写真と2022年のニャンチーズ

―ご両親を説得するために先々のいろんなお話をされたかと思います。トモキさんが考えているニャンチーズの今後を教えていただけますか?

“大阪の卑しい人”でニャンチーズを知ってファンになってくれた方がたくさんいることも知っているんですが、僕としては“大阪の卑しい人”の動画だけをやっていきたいっとは思っていなくて。

もちろん“大阪の卑しい人”のようなコンテンツは僕自身も好きで、これからも作るんですけど、僕が一番に伝えたいのは仲間の大切さであったり、何かに挑戦することの大切さ。

それを動画の中で表現して、コンテンツとしてみんなに届けたいっていう思いがあります。これはもう昔から僕と相方の活動の根底にあったことです。

―TikTokやYouTubeでは、ママチャリ旅の動画も公開されていましたね。

例えばママチャリ旅で僕らが楽しんで挑戦している様子を見た人が、夢や目標に向かって一歩踏み出す勇気になったと感じてもらえるような動画をこれから作っていきたいですね。それを最初からやったとしても、なかなか見てもらえないと思うんです。

見てもらうためには1番バズりやすいネタを作って、再生数やフォロワーを獲得してそこからコンテンツの幅を広げていく。このイメージは2020年の段階から僕は描いていました。

―コロナ禍の中でも叶えたい夢のためにブレずに行動されていますね。トモキさんと同世代の学生や後輩にあたる世代の方々の中には、自分の将来について悩んでいる人がたくさんいると思います。そんな方たちにアドバイスをするとしたら、どんな言葉を贈りますか?

具体的な目標を持たないまま、周りに流されるように就活をする人ってすごく多いと思っています。そうじゃなくてやっぱり自分のやりたいことや目標を本気になって追求してほしいなって思います。

もし本気でやって、それが失敗という形で終わったとしても、それは絶対に失敗のままで終わらずに成功へと繋がるってことを僕は確信しています。本気になるその過程が絶対に後々何かに繋がってくる。

僕もTikTokとかYouTubeでここまでできるって思ってなかったですし。自分の選んだ道は結局、最後は、自分のしたいこととかやりたいことに繋がると思うんで。その自分のやりたいことに自信を持って行動してほしいですね。

―では最後に、2022年のニャンチーズの活動について、トモキさんはどんなビジョンを描いていますか?

2022年は仲間が1人増える予定です。僕とりゅうせいと新メンバー。そんな3人を支えるマネージャーの4人体制で海外で旅をします、必ず!旅系TikToker・旅系YouTuberとして、フォロワー100万人を目指して本気でぶつかりにいこうと考えています。

―本日はありがとうございました。今後の動画も楽しみにしています。

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Written by

スズキ ヒロシ

スズキ ヒロシ

1981年生まれ。神戸市出身。大阪芸術大学芸術学部芸術計画学科卒業。映画館や編集プロダクション、出版社での勤務を経て2017年フリーランスに。web媒体をメインにコラムやインタビュー記事を執筆中。