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インタビュー

「福祉ネイルでご家族に笑顔を届けたい」全国でわずか20人!男性の福祉ネイリスト 中尾将吾さんインタビュー

日頃のおしゃれやマナーの一環として爪先を彩ることが多いネイル。
その中でも今注目が高まっている「福祉ネイル」というワードを耳にしたことはありますか?

福祉ネイルとは、ご高齢の方や障害をお持ちの方に対して行う化粧療法の一種です。QOL(生活の質)を高め、認知症や寝たきり予防の効果も期待されています。

一般社団法人日本保健福祉ネイリスト協会に所属して活動している福祉ネイリストは全国で1000人ほど。その中でも2%しかいない男性の福祉ネイリストの一人が、広島を中心に活躍されている中尾将吾さんです。

中尾さんは福祉ネイリストとして活動される傍ら、一般社団法人日本保健福祉ネイリスト協会の理事や福祉ネイルの講師業もこなしていらっしゃいます。
福祉ネイルを世に広めるべくSNSなどを通じて積極的に発信を続けている中尾さんですが、元々は福祉や介護とは関係のない営業職の会社員だったと言います。

福祉ネイリストになる人の7割がネイリスト、あるいは介護・福祉の職に就いている人ということを考えると、中尾さんのキャリアパスは極めて珍しいケース。
中尾さんはどうして30代半ばにして福祉ネイルを学び、独立に踏み切ったのか?福祉ネイルにかける情熱の根幹と未来への展望について、教えていただきました。

ただの会社員だった僕が福祉ネイルでの独立を選ぶまで


祖父の介護に何も出来なかった自分への葛藤、そして決断

福祉ネイルの道を選んだきっかけの最初は、今から8年前に祖父が亡くなったことでした。当時、広島の実家では寝たきりの祖父を母が介護していました。その頃の僕は医療機器メーカーの営業として大阪で働いていたので、 まとまった休みのたびに帰省していたんです。

帰省したときに見る母の姿はいつも大変そうでした。でも介護のことなど何も分からなかった僕は、気恥ずかしさもあって母を手伝うことができませんでした。祖父に対して何も出来ないこと、そして母の役にも立てないことが心苦しかったですね。

やがて祖父が亡くなったとき、悲しかった反面「これで介護が終わるんだ」と少し安堵する部分もありました。その時のもやもやとした思いは、その後も心のどこかでずっと引きずっていました。

第2のきっかけは2019年のこと、たまたまネットで調べ物をしていた際に「爪のケアが認知症予防に効果がある」という内容の記事と出会ったんです。祖父の逝去のときの思いとリンクした部分もあって「そんなのがあるの!」と驚きました。その記事をきっかけに、色々と調べていくうちに日本保健福祉ネイリスト協会にたどり着いたんです。

記事をきっかけに行動を起こせたのは、35歳を迎える年で自分のキャリアを見直していた時期だったのもあると思います。「35歳までに転職をするか、今の会社に骨を埋めるかを決めよう」そう考えていた僕の中で、「起業」という選択肢が生まれたんです。

医療機器メーカーの営業という仕事柄、当時の僕は福祉施設に行く機会がありました。そういった現場で福祉ネイルの業者が出入りしているか話を聞いてみると、大半の場合は「見たことはないけど面白そう」という反応でした。まだ現場でも知られていない分野だからこそ、これから挑む価値があると思えました。

福祉ネイルで起業をする場合、初期費用は資格の取得費用とネイル道具を揃えるくらいですみます。その分リスクは少ないし、まずは2年がんばってみてダメだったら会社員に戻ればいいと考えました。そんな流れで会社を辞めることを決めたわけですが、僕は元々かなり慎重な性格なので、やっぱり迷いはあったと思います。でも、そんな迷いを振り切った出来事がありました。

2019年の元旦、黄金山という見晴らしのよいスポットへ僕はランニングがてら初日の出を見に行く予定でした。でも家を出るのが遅れてしまって、当初予定していた時間を過ぎてしまったんです。でも「行くだけ行ってみよう」と思って、ダメ元で行ったらベストタイミングでご来光を見ることが出来たんです。

行動したから出会えるものがある。失敗したとしてもきっと、何一つムダにはならない。目の前で昇ってくる太陽に背中を押してもらった気分でした。

そうして2019年5月、僕は会社を辞め、福祉ネイルの技術を学びながら起業準備を進めました。
翌年1月22日に「Famille(フランス語で「家族」の意)」という屋号で起業し、現在に至ります。

化粧療法の中でも福祉ネイルを選んだ理由


化粧療法は大きく分けて、ヘアセッティング・メイクアップ・ネイルの3種類に分かれます。

ヘアセッティングやメイクアップは、ネイルよりも変化がわかりやすい反面、鏡を見ないときれいになった自分に気づくことができません。僕たちが1日の間に鏡を見る機会がどれだけあるのか想像してみると、せいぜい10回もないと思うんですね。おじいちゃん・おばあちゃんだと、その機会はもっと少なくなります。

でもネイルであれば、手を見るたびに何度でも楽しむことができるんです。どれだけ髪や化粧をきれいに整えても、1日の終わりにお風呂に入れば元通り。でも、福祉ネイルであれば2週間~1か月は保ちます。せっかくなら長い間、きれいになった爪を見ながら日常を楽しんで頂きたい。僕はそう考えたんです。

福祉ネイルでおじいちゃん・おばあちゃんの爪と笑顔を輝かせたい


おじいちゃん・おばあちゃんが100%笑顔になるネイル

福祉ネイリストとして施設やご家庭を訪問すると、殆どの方が笑顔で出迎えて下さいます。「年だから」「爪が汚いから」と最初は抵抗を示される方も多いのですが、一度ネイルをしてみると皆さん間違いなく笑顔を浮かべてくれます。

女性の方はもちろん、男性の方に対してもハンドマッサージや爪の形を整えるネイルケアをさせて頂くと、本当に表情がぱあっと明るくなるんです。

福祉ネイルで笑顔になってもらうには、ネイルの技術だけではなく、言葉のキャッチボールやふれあいの部分がとても大切です。

たとえば、認知症のおじいちゃん・おばあちゃんは最近の記憶を忘れてしまいますし、日によって機嫌の移り変わりが激しいんですね。相手の機嫌を察しながら、笑顔になってもらえるようにネイルを通じてコミュニケーションをとるのが僕たちの仕事です。

以前、ある施設に訪問した際に、とにかくしかめっ面のおばあちゃんがいらっしゃったんです。とにかくその日は機嫌が悪くて、 ネイルをする前は「いやいや、もういい」の一点張りでした。でもハンドマッサージをしながら、何度も言葉を投げかけていくうちに、だんだん笑顔をみせてくださったんですね。最後には、手を振りながら笑顔で見送ってくれました。

福祉ネイルでおじいちゃん・おばあちゃんが笑顔になると、周りの家族だってうれしいんです。新型コロナの影響で施設訪問ができなくなる前までは、施設にいるおばあちゃんへのプレゼントとして毎月呼んで下さっていたご家族様もいらっしゃいます。

笑顔を100%お届けするためにも、言葉の投げかけ方やふれあいといったコミュニケーションの部分がネイルの技術以上に問われるのが福祉ネイルだと僕は考えています。

福祉ネイルの社会的意義

化粧療法全般に言えることなんですが、きれいになったら年齢関係なく「人に見てもらいたい」「ちょっと外を歩いてみたい」と自然に思えるものですよね。小さな心の動きかもしれませんが、そういった積み重ねが年単位で考えると大きな違いを生み出します。

福祉ネイルを通じて生き生きと過ごせる人生の時間が増え、QOLが高まれば、介護を担うご家族の心と体の負担を減らすことにもつながります。

福祉ネイルがもたらす医学的な効果について明確な根拠が示せるよう、協会内では学術研究も盛んです。岡山県吉備国際大学の先生との共同研究は文部科学省の科学研究助成事業にもなっていますし、2019年からはネイル業界では初めての研究集会を開催しました。

新型コロナの影響で、現在は施設やご家庭への訪問がほとんどできなくなり、福祉ネイリストとしてはなかなか活動出来ない日々が続いていますが、テレビやメディアで取り上げられる機会も増え、少しずつ福祉ネイルへの関心が高まってきていると感じています。

コロナ禍の収束すれば、また施設やご家庭に訪問できる機会も増えていくでしょう。活動再開を待ってくれているおじちゃん・おばあちゃんたちのためにも、僕たちの活動をより広めていきたいですね。

「福祉ネイリスト」という職業が当たり前になる未来を目指して


福祉ネイルへの関心の高まり

最近、福祉ネイルを学んでみたいという方がじわじわと増えてきています。僕も現在講師として10名ほどの方に福祉ネイルの考え方や技術を教えています。 新型コロナが流行するよりも前から福祉ネイルの存在を知っていた方や、メディアでの取材を通じて活動を知った方からの問い合わせが多いですね。

新型コロナの影響で多くの方のライフスタイルが変化しました。「時間的な余裕ができたので新しいチャレンジをしてみたい」「仕事が減った分新たな収入源を作りたい」といった理由から福祉ネイルを習い始める人が多いように思います。

正直なところ、福祉ネイルだけでは一人暮らしでなんとか食べていける程度の収入を得るのが精一杯というのが現状です。

僕の場合は妻も子どももいるので、福祉ネイルだけでは収入的に厳しい部分があります。僕の活動に対して家族は理解してくれていますが、家計を支えるためにリフォームや家屋修繕、ハウスクリーニング等の仲介業も行っています。

リフォームのお仕事から福祉ネイルにつながることもありますし、逆のパターンもあります。どちらにしても、関わる家庭の皆さんに笑顔になってもらいたいという思いは共通していますね。

「福祉ネイル」 を仲間たちと社会に広めていきたい

日本保健福祉ネイリスト協会の6期目から理事として、Facebookページを中心に福祉ネイリスト達の活動や研究内容にまつわる発信を続けてきました。

福祉ネイリストと自己紹介で名乗ると、今はまだ「なにそれ?」という反応がほとんどです。でも、僕はそれを「そうなんだ!」と当たり前に受け止めてもらえるような社会に変えていきたい。もっともっと福祉ネイルを一般的な存在として広めていきたいと思っています。

今はまだまだ、福祉ネイリストの数も少なく、認知も低い状態です。でも福祉ネイルを全国で行っている仲間はみんな、熱い思いをもって自らの仕事に前向きに取り組んでいます。

これからも地道に発信を続けながら、まずは年間100人の福祉ネイリストを僕の元から輩出できるように、講師の仕事の規模を広げていきたいと思っています。

福祉ネイリストとしても、新型コロナが落ち着いたらどんどん活動の場を増やしていきたいですね。起業して数ヶ月もたたないうちにコロナ禍の影響を受けてしまったものの、前は15件ほど施設にお伺いさせていただいていたので、まずは100件達成を目標にがんばります。

より多くのおじいちゃん・おばあちゃんが自分の爪を見て、きらきらと笑顔を輝かせる。そんな瞬間がもっと増えていくように、福祉ネイルの魅力を今後さらにお伝えしていきます!


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Written by

Yulie TADA

Yulie TADA

大学および大学院でのインタビュー調査と論文執筆経験を土台にライター起業。各種メディアにて、幅広いジャンルのリサーチ記事やインタビュー記事を手掛ける。その他、Kindle原稿やYouTubeシナリオ、プロフィール・自分史、小説作品も執筆。現在は、他クリエイターと連携しながら各種制作を行っている。世界のどこかから生きた文章をお届けする旅人ライフを今後叶えていく予定。

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