焙煎士というと、まだあまり深く知られていない仕事。
コーヒー生豆を焼いてコーヒー豆へと仕上げていく「焙煎」を行う人のことですが、焙煎は加熱の仕方や熱する加減によって最終的に出来上がるコーヒー豆の味に大きな影響を与えます。
今回ハレダスでは、大阪・難波にあるコーヒーショップ『BROOKLYN ROASTING COMPANY』のスタッフである内田さんと藤岡さんのお二人にインタビューを行い、コーヒーを淹れるだけでは知ることができない焙煎士だからこその深い知識や経験が活きるその魅力を、おうかがいしました。
焙煎士になったきっかけや、お店の看板となるコーヒーの味をつくる責任感、やりがいを感じる瞬間、そして、お二人が初心を忘れずに大事にしている、人の心を豊かにする時間や空間づくりへの思いなどを語ってくださいました。
「美味しいコーヒーは淹れ方ではなく、焙煎で味が決まる」―焙煎という今の仕事を始めたきっかけやこれまでの経緯―
内田さん
高校一年生の時にBROOKLYN ROASTING COMPANYの北浜店に行ったのがきっかけで、コーヒーを好きになりました。同時に好きなコーヒーショップで過ごす時間や空間が、自分にとって必要なものだと感じるようになり、そこから「私も自分で店を開きたい」という目標が定まりました。
それから、地元で自家焙煎されてる方のコーヒーショップでお手伝いをしたり、コーヒーショップとはまた別の飲食店でもアルバイトをしたりしました。
高校卒業後、島根県の隠岐の島に一年ぐらい住み、島のコーヒーショップで働いたのち、たまたま旅行で訪れていた栃木県で、自家焙煎されている、国際バリスタの資格を持つ方と出会いました。その方はコーヒーセミナーをしているとのことで、即参加する事を決め、セミナー期間中住み込みで勉強させてもらいました。
そのコーヒーセミナーで、コーヒーの豆となる木を植える所からお客様に提供する一杯まで一通りを学んだのですが、コーヒーを淹れるハンドドリップの実習中に、初心者の方もいれば経験者の方もいる中で、誰がどのように淹れてもそこそこ美味しいコーヒーだった事に疑問を持ちました。
それは、コーヒの淹れ方ではなく、豆そのものが良いから。「焙煎」が味の決め手なのだと気づき、それを知ったことには見過ごせなくて、三ヶ月のセミナーが終わり大阪に戻りました。
大阪で焙煎しているコーヒーショップを探して、2018年に今の会社であるBROOKLYN ROASTING COMPANYに入社しました。実は、ここの面接を受けるのは二回目で、一回目に受けた時はまだ学生で就活の時期で知識も技術もなかったため、リベンジでもありました。
藤岡さん
大学卒業後、アジアからスタートし半年間ほどかけて15ヵ国近く海外を巡っていました。在学中に留学をしたかったんですが、出来なかったんです。
海外を周りながら「将来何の仕事をしようか」「自分の好きなことを仕事にできたら幸せだ」と考えていて、最終的に自分はコーヒーやコーヒーショップの空間が好きだと気づきました。
帰国後、コーヒーショップで三年間働き、ハンドピック(虫食いやカビ豆などの欠点豆を取り除くこと)から抽出方法など、コーヒーの実からコーヒーの豆にするまでの過程を学んだりしました。
働いていく中で、今後もコーヒーの仕事をしていても飽きないと思いました。ただ、前社ではコーヒーの味の決め手となる焙煎ができるチャンスはなかなか無くて。BROOKLYN ROASTING COMPANYの募集をインスタグラムで見つけ、2020年春に入社して現在二年目です。
焙煎は、店の看板となる味を決める大事なポジション―焙煎の仕事のやりがいや魅力とは?―
内田さん
焙煎はその店の看板となるコーヒーの味や、印象を決める大事な仕事です。お客様から「美味しい」の一言を頂ける瞬間は、バリスタとして焙煎士としても、とてもやりがいを感じますし、安心もします。
藤岡さん
焙煎は味を決める大事なポジションで責任がありますが、自分たちが手にかけて焙煎した美味しいと思うコーヒーを、お客様に提供できることが幸せだと感じます。
「ゴールがない」更なる探究心が美味しさの秘訣―焙煎士に向いている人や仕事にするにはどうすれば?―
藤岡さん
まずコーヒーが好きかどうかが大切だと思います。そして、焙煎士に少しでも興味を持ったらまず募集を探してみてください。あまり沢山募集されている職種ではないので…。たまたま募集があったので、僕や内田さんは運が良かったと思います。
内田さん
私は過去に島で暮らした経験がなかったら、今ここのコーヒーショップに受かっていなかったと思います。島ではコミュニケーションの大切さをたくさん学びました。
この機会は、”繋がりができること”や”自分の考え・思いが伝わる”ということが、どれほど楽しく嬉しいものか、知ることができました。最初は話すのが得意ではなかったけれど、徐々にコミュニケーションをとることに対し、苦手意識が無くなっていきました。
このお店は、受け身でいるよりも物事に対して、好奇心や”こうしていきたい”と思う方に向いている環境だと思います。
焙煎についてだと、本来であれば、いつも同じ温度や湿度の空間で行うのですが、このお店ではディスプレイも兼ねているので、あえて専用部屋を設けず、店内に焙煎機をそのまま設置しています。
日本は四季によって湿度も温度も変わるので、時間や温度の設定、熱の加え方によって引き出される風味が変わってしまうため、味を定めるのが難しいです。
ですが、逆にそれが面白いところで、なんでこうなるのかなどを掘り下げ、日々試行錯誤しながら研究する時間が楽しいです。
なので、焙煎ってやる気や探究心のある人に向いてるお仕事だと思います。
今このお店では私たち二人で焙煎しているんですが、美味しいコーヒーだと思うバランスや好み、BRCとして目指すべきと思うラインが似ているため、方向性が定まりやすいです。一緒に働く上で、ともに考えたり話し合えることって結構大事だと思います。
空間づくりを大切に、お客様が豊かになる時間と場所を提供していきたい―今後の展望そして、変わらぬ思いとは?―
内田さん
コーヒーを好きになったきっかけは、北浜店に訪れたときだとお話ししたんですけど、コーヒーももちろんですが、1番のきっかけになったのはお店の雰囲気とロケーションの良さでした。
私は自分が素敵だと思う空間や居心地の良い場所で過ごす時は、自分の時間が豊かで、すごい幸せだと思えるんです。そこに美味しいコーヒーがあれば、もう最高です。コーヒーショップには自分の時間を豊かにする魅力があると思っています。
なので、私もお客様の時間が豊かになるような、ゆっくりと過ごしてもらえる、場所や空間を提供していきたいと思っています。
将来、自分でコーヒーショップを開くときも、場所と空間づくりは1番大事にしたいと思っています。その環境が整った上で、美味しいコーヒーを提供したいです!
藤岡さん
やっぱりお客様がお店に来店されて、“ほっとできる・ゆっくりできる場所“をつくりたいと思っています。
コーヒーを好きになったきっかけでもあるんですが、僕も内田さんと同じでコーヒーショップで過ごす空間、自分の時間、または誰かと過ごす時間が大事で、今度は誰かにその時間を提供したいんだと気づきました。焙煎士として「美味しいコーヒー」と「落ち着ける空間」を提供し続けたいですね。
ここまで、お二人に焙煎への思いやお話を伺っている中で、目には見えない信頼関係や、根本的なお店や雰囲気づくりに対しての似た感覚を感じました。
実は藤岡さんは耳が聞こえにくい不自由さをかかえつつ好きな焙煎士という仕事に就かれています。長く一緒に働かれているお二人に、コミュニケーションのとり方や、お互いのことについて語っていただきました。
お互いを尊重し合いながら、思いやりのあるコミュニケーション―耳が聞こえにくい不自由さもありながら働くことについて―
藤岡さん
基本的にはマスクを外してもらって口の動きを見たり、どうしてもわからない時は、スマホで打ってもらったりしています。
コミュニケーションをとるにあたり、お互いを尊重するのは前提だとしても、内田さんは、自然と気遣いをしてくれて「大丈夫?」だとか「どうやったらわかりやすいか」などを考えて、こちらに分かるように伝えてくれます。ありがたいですしすごく助かっています。
内田さん
彼の努力もありますし、最初は私も口の動きを意識して伝えていた部分もありますが、今は長い間一緒に働いているのでお互い慣れたもので、話しづらいとかもなく、他の人と話しているのと変わらないようになりました。
あと、耳が聞こえづらい分、彼はすごく周りを見ていて観察力があります。私が見えていないところまで見えているときもあって、私自身も気付かされるものが多いです。
自分という存在を認め理解すること―同じくからだに不自由さを抱えていながらも働く方へ―
藤岡さん
自分という人間を認めてあげることが大事だと思います。
まず、自分の障がいやなにがつらいかを考えてみる。自分を見つめることで、自分はどういった職場が合っているのか、自分らしさを見つけるきっかけになるからです。
自分に自信を持つことは、とても大変で難しいことです。
人によって何の障がいを持っているのかは違いますし、健常者と同じ立場や同じ環境で働けるかは、その職場によって違うので一概には言えないですが、きっと自分らしさに気づけることで、自分らしさを大事にしてくれる職場が見つかると思います。
一人一人が考える、投票に行くきっかけになってほしいという思い―BROOKLYN ROASTING COMPANYなんば店おすすめアイテム―
藤岡さん
お店のコンセプトとして「多様性」「カラフルさ」を重視していて、僕が企画したアイテムなんですが、「投票する意味ってなんだろう?」「多様性ってなんだろう?」と私たち一人一人が考えるきっかけになればいいなと思い、この『VOTE=投票』というドリップバックを作りました。
日本はまだまだ政治や選挙の投票、性の多様性などに関心が薄い人が多いと思っていて、その現状を少しでも変えれるように、投票に興味を持ってもらうきっかけになってくれればなと思っています。あまり難しく考えすぎず、まずは興味を持ってもらえたら嬉しいですね。
最後に、コーヒーや焙煎に興味がある方にメッセージをお願いします。
藤岡さん
今後、自宅で焙煎する時代もくるかもしれないですし、一緒にコーヒーショップで働いていて、焙煎に興味を持ってくれる人が増えるのはすごく嬉しいなと思います。
内田さん
焙煎の仕事がまだあまり情報として知られていない分、ハードルを高く感じては欲しくはないので、まず入り口として、興味を持ってくれた方は気軽にスタッフに声をかけてほしいなと思います。
あとがき
今回、インタビューを通して焙煎について気づいたことは、普段何気なくコーヒーショップで飲んでいる“一杯のコーヒー“が提供されるまで、沢山の時間や労力が関っていること。
また焙煎は知れば知るほど奥が深く、ゴールのない探究心を奮い立たせる、美味しい自分の好みの味のコーヒーが作れるのも魅力だと感じました。
今はコロナ禍でもありコーヒーを自宅で淹れるブームがきていますが、コーヒーショップでしか味わえない、美味しいコーヒーと共に人生のプラスとなるような、自分を好きになる瞬間を味わえる空間を、ぜひこれからもつくっていってほしいなと思います。