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インタビュー

動画クリエイター 酒匂 快/学生時代は新体操一筋。就職ではなく、動画クリエイターとしてフリーランスへ。

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好きな場所で働き、自由に仕事をする。世間がイメージするフリーランスとしての働き方は、身軽でストレスフルなものです。

しかし、本当に身軽でストレスがないのか。今回は大学卒業後、就職という選択肢ではなく、フリーランスになった酒匂さんにインタビューを行い、現在に至るまでの経緯や、仕事を通じて感じている想いなどについて迫ってみました。

■プロフィール
・酒匂 快(サコウ カイ/1996年4月18日/京都府京都市出身)
・中学から機械体操をはじめ、高校からは新体操。スポーツ推薦で大学に進学。学生の頃はスポーツ一筋に歩んできた。
・大学卒業後、企業への就職はせず、フリーランスで動画クリエイターとして活動。
・現在、複数の会社と契約を結びながら、フリーランスとして数々の動画を手掛けている。


まずは、酒匂さんの幼少期からお聞かせください。

会社員の父、事務として働く母、弟といった、ごく一般的な家庭で育ちました。

両親からは「テレビゲームは良くない」という教育方針のもとで育ったため、遊びといえば、河川敷で秘密基地をつくったり、家ではレゴで遊んだりと周りの同級生と比べれば、少しアナログな感じでした。

また、小さい頃から習い事はたくさん体験しており、ダンスやバレーボールなどのスポーツを中心にギターなどもしてきました。しかし、どれも「これ!」と続けられるものは見つかりませんでしたね。

体操との出会いも習い事だったのでしょうか?

体操と出会ったのは、中学校での部活です。中学に入って器械体操の顧問を務めていた先生から「身長低いから体操向いているよ」と言ってもらったのがきっかけ。

見学に行ってみたら、直感で面白そうだと思い、入部しました。中学3年生のときにはキャプテンを務めました。

もともと、“物静かなタイプ“だったので最初は不安でしたが、キャプテンになったことで意識が少し変化しました。

この時期に、周りのことを考えるようになったり、人をまとめるにはどうすれば良いかという考え方を身に付けられたと思います。

高校進学後、変化はありましたか?

中学時代は器械体操に励んでいましたが、高校では新体操に挑戦することにしました。中学生のときに新体操の大会を見て、とても魅了されたんです。

それから新体操ができる高校を探し、強豪として知られる京都の高校へ進学しました。家から自転車で片道50分ほどかけて通っていましたね。

当初は体操という同じ分野でありながらも、演目ごとでの演じる難しさや、筋肉の使い方の違いに苦戦しました。いろいろと難しさを感じながらも、部活一筋の高校生活を過ごしました。

入学した高校は、新体操の世界でインターハイ、日本選手権などに常連として出るほどの強豪校。そのため、部活のメンバーも強者揃いで団体の演目に出られるようになったのは、インターハイの高校3年生の時でした。

努力されてきたのですね…!大学ではどうだったのでしょうか?

大学は、スポーツ推薦で京都の花園大学に進学しました。

大学での部活動は、これまでよりも没頭できる環境だったので、朝7時30分から掃除、授業に出ながら空き時間はひたすら練習。日付が変わるまで練習できる環境だったため、発表会前には毎日24時まで練習に明け暮れていたほどです。

大学では団体ではなく、個人(4種目すべて)を選んでいたので、一日中体育館にこもって、コーチや先輩に相談しながら自分で演目を考えていました。考えては実践し、演技の技を高めていく日々を過ごしていましたね。

その後も順調に結果を残されたのでしょうか?

実は、高校3年生のときに怪我で手術をしていたのですが、大学3年生のときに同じ箇所に再び怪我を負ってしまって。古傷が痛み、また手術が必要な状態になってしまいました。

日本一を目指していましたが、このときに新体操を辞める決意をしました。

新体操を辞める決断をした後に4年生の大会があり、大会の前日、先輩のマッサージをしていました。

そのときに先輩から、「快が今後どうなっていくかわからないけど、快のために優勝するわ。だから自分を支えてほしい」という言葉をもらいました。

結果、その先輩は本当に日本一を獲ったのです。

先輩が教えてくれた、支えることへのやりがい、裏方の役割の大切さを感じ、4年生からはマネージャーとして新体操部を支えましたね。

紆余曲折の中、フリーランスを選んだきっかけは?

大学3年生から就職活動が一斉にスタートし、私も同級生と同じように就活で合同企業説明会に参加していました。

しかし、企業の話は聞くもののどれもしっくりこなくて。同じようなスーツを身にまとい、電車に揺られ、同じ方向に進むビジネスマンたちの光景に違和感を覚えました。

自分が企業に合わせて、考えをコントロールしている姿もイメージできませんでした。

また、同時期にインドに留学していた地元の友達が「ビーガン・ベジタリアンのためのアプリを作ろう」と持ちかけてくれたんです。

友人が留学時に知り合った現地のエンジニアに、アプリのプロトタイプをつくってもらい、一緒にやってみると、すごくやりがいがありました。

「自分たちで新しいことをはじめるのって素晴らしい」と感動を覚え、この経験がフリーランスの道を考えるようになったキッカケのひとつでした。

動画との出会いはどういったものだったのでしょうか?


大学3年生のときに「卒業する4年生の追い出しコンパ」で使う動画をなりゆきで制作することになったのがきっかけです。

その制作にあたって先輩の親御さんに取材アポをとったり、動画を流すお店を探したり、撮影したデータの編集まですべてを担当しました。

完成した動画を流した際、先輩や部のメンバー全員が号泣。その場に居合わせた居酒屋のスタッフさんまで号泣していたんです。

その光景を見たときに、これまでに経験したことのない感情や感覚が巡りました。

同時に「自分のつくったものでこれだけ感動を与えられるんだ」と自信にもつながりました。これを仕事にしたいと思えた瞬間でしたね。

就職しないことについて周囲から何か言われませんでしたか?

両親にフリーランスの道に進みたいと伝えると、「会社に勤めてお金を貯めてからでいいんじゃないの?」と卒業後すぐにフリーランスの道を歩むことに対しては否定されました。

しかし、決意は固かったので、毎日のように動画の将来性を伝えながら説得し続けました。

また、仕事として確立していくため、交流の輪を広げようと、大学卒業前には異業種交流会に参加。

そこで出会った方からの紹介で、結婚式場での新郎新婦のムービーをつくることになりました。特別な式典の映像だけに、プレッシャーもありましたが、妥協せず、一生懸命お客様と向き合ったのを覚えています。

その次にはフィールドを広げようと、京都にあるオムライスの有名店「洋食屋キチキチ」のオーナーに「PR動画を撮影させて欲しい」と飛び込みで直談判し、承諾を得ました。

完成した動画をオーナーに見せたところ、想像以上の出来だと褒めてもらえ、その後には食事に連れて行っていただきました。

それからしばらくして、「洋食屋チキチキ」のWebサイトリニューアルの仕事を正式に依頼いただきました。

知り合いのクリエイターと力を合わせ、無事に完成。オーナーからは「任せてよかった。」と言ってもらえて本当に嬉しかったですね。


そんなドラマのような出会いがあって素敵です。現在のお仕事の展開について教えてください。

その後、小・中学校で一緒だった地元の同級生と仕事するようになりました。

クリエイティブディレクターの相棒とともに、企業のWebサイトに使う動画制作を手掛けたり、採用用のインフォグラフィックスを活用したアニメーション動画を作成したりしています。

また、Instagramのコンサルティングをする会社やDIY事業を展開する会社のYouTubeに投稿する動画の編集などを委託として請け負ったりもしています。

フリーランスの仕事を通じて学んだことはなんでしょう?

最初はまず自分を知ってもらうために、無料もしくはリーズナブルな金額で仕事を受けてきました。

それから1年間働いてみて、自分のどこに価値を感じ、依頼をもらえているのかを考えるようになったのです。

その後、自分の仕事の価値を改めて定義するために価格を設定。

関わっていただいていた方々に伝えたところ、離れていく人もいましたが、「いいものを作りたいから引き続き頼むね」と言ってくださる方もいました。この結果をふまえて、よりスキルを磨いていく重要性を学びましたね。

動画のバリエーションや仕事の幅ももっと増やしながら、離れて行った人たちにも響くように、コストパフォーマンスを高めていかなければと感じています。

今後の展望をお聞かせください。


今でも私が大切にしていることは、「人の心を動かす動画」をつくること。

長年励んでいた新体操への想いも強く、動画を通して、新体操をもっと世の中に知ってもらえるような活動も続けていきたいです。

新体操の認知向上につながることで、新体操に関わる方々の将来の就労支援に、少しでも良い影響を与えられたらと思っています。

新体操が動画との縁をつないでくれたように、私が誰かのキッカケになることができたら嬉しいですね。

また、現在の動画の市場は未成熟の要素が多いため、制作に関する相場などについても認知されていません。

そのため、出会ったお客様に納得いただくためには、まだまだ努力が必要です。費用対効果をふまえたバリエーション、クオリティの高い成果物をどんどん生み出していければとも思います。

ありがとうございます。では最後にハレダス読者へメッセージをお願いします!


フリーランスを目指している方に、これまでの自分なりの経験を通じて伝えられることがあるとすれば、「誰かのために何かしたい」といった想いは、大切にして欲しいということ。

根本にこのような思いを持って仕事をしていれば、必然と仕事や人に出会えると思っています。

まずは、真摯に向き合い、何かを与える気持ちがあれば、報酬は次についてくるものです。

「どうやったら稼げるか」、「どうやったら売れるか」と考えるよりも、まずは相手のために、という気持ちを大切にしていれば道は少しずつ拓けてくるはずです。

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Written by

HAKU

HAKU

大手人材会社にて、法人営業を経験後、制作部門に異動し製造、IT、飲食、エンタメとあらゆる業界の上場企業からスタートアップのベンチャーなど、10年超のキャリアにおいて約3000社以上の企業の取材・制作・ライティングを実施。関西の制作責任者を務めた後、フリーランスにて活動を開始。