新型コロナウイルスの感染拡大が続いています。収束の兆しが見えない日本では、多くの人が働き方やライフスタイルを見つめ直す動きが加速。特に飲食業界では、泣く泣く閉店を決意する個人経営の店舗や業態変更を選択する企業も。
コロナ禍の打撃を受けた飲食業界にコンサルタントとして長年関わり続けているのが、飲食事業を手掛ける企業から独立した織田裕規さんです。
異色の経歴を経て飲食業界に身を投じた織田さんに、独立した経緯やコロナ禍の飲食業界、さらに織田さんが見据えている“大きな目標”について迫りました。
■プロフィール
織田 裕規(おだ ゆうき)
1987年生まれ。熊本県熊本市出身。
高校在学中の15歳から居酒屋でのアルバイトに従事。16歳でブレイクダンスに出会い、アルバイトとダンスにのめり込む。
高校卒業後、ダンスを学ぶために単身ニューヨークへ。
1年後に帰国し、株式会社ファイブグループへ入社。飲食店の店舗勤務や本部職を務める。
2017年に退社し、合同会社Prosperityを設立。
その後、株式会社WNCを設立。主に飲食店を対象に経営や人事のコンサルティングを行っている。
10代でダンス留学のはずが… 一転ニューヨークでアルバイト生活に
織田さんは10代の頃にダンス留学で単身渡米されたと聞きまして。すごく興味深いので、留学に至る経緯から伺えますか?
16歳の頃にブレイクダンスと出会って。当時から居酒屋でアルバイトをしていたんですけど、ダンスにものめり込んでいきました。ダンスを続けていくうちに、もっとダンスの勉強がしたいと思うようになり、“ダンスといえば本場はニューヨークだ!”と思い、留学を決意しました。
ちなみに英語はどうやって勉強されたんですか?
ほぼ独学ですね。高校生の時、海外のHIP HOPとかR&Bを聞きながら歌詞をノートに全部書き出して。わからない単語を調べながら英語を学んでいました。ギリギリiPod世代だったので、新しいCDがリリースされる度に手に入れて、PCからiPodに取り込むっていう、昭和生まれの方なら分かる面倒な事をしていました(笑)
それで高校卒業後にニューヨークへ渡られたと。
そうですね。アルバイトで貯めたお金で1年分くらいの洋服とか生活用品も用意して行きました。で、空港に着いて自分の荷物を待っていたんですけど、全然手元に来ないんですよ。ずっと待っていてもなかなか来ないから空港のスタッフに“荷物が来ないんだけど?”って話をしたら、向こうが“ごめん、無くした”って返してきたんですよね(笑)
そんなことってあるんですね(笑)
海外あるあるです(笑)ニューヨークに着いて最初の1週間ぐらい泊まる宿は日本ですでに手配していて、あと手元に20万円の現金は持っていたのですが、いきなりもうそれしかない状況になって。
泣きそうになりながらピザを食べていた時に、たまたま目にした日本語新聞に、ニューヨークで営業している日本食居酒屋の求人広告が載っていたので、そこへ連絡してすぐに働くことにしました。生きていくには働くしかない状況になったので、ニューヨークではほとんどダンスをしてないんですよ。
すごい経験をされていますね!
仕事の合間に少しはダンスもやっていたんですけどね。ストリートで踊っている子たちと一緒に踊ったり。あとは大会にも出たり。でも居酒屋での仕事が生活の中心になっていましたね。
帰国当日の面接を経て就職 店舗担当から本部職へ
ニューヨークにはどれくらいの期間滞在されたんですか?
1年くらい住んでいましたね。もともと“居酒屋で独立したい”という目標も持っていたので、ニューヨークで働いている時から、その店を運営している会社の社長に“東京で働きたいから、東京の飲食店を紹介してください”と話していて。そこで紹介されたのが東京で飲食店を経営している株式会社ファイブグループだったんです。
なるほど。では帰国されてから面接を受けられて?
そうですね。成田空港に着いて、その足で東京へ向かって面接を受けました。
すごいスピード感ですね(笑)
いやいや、何もしないとフリーターになっちゃいますから(笑)。面接が終わってから熊本の実家に帰って。採用が決まって半年後に上京して働き始めました。
そちらの会社にはどれくらい在籍していたんですか?
8年くらいですね。最初の3年ぐらいは経営している店舗の店長をやったりマネージャーやったりしてて。そこから本部職になって経営戦略や人事を担当しました。
経営戦略とは具体的にどんな業務でしょうか?
ざっくり説明すると、経営戦略というのは社長の頭の中をいかに言語化して、それを行動ベースにして従業員へ落としていくっていう感じですね。あとは会社が決めた目標をアルバイトにまで行動ベースとして落としていく。そしてそれをすべて社内で体制化していく、そんな業務でした。
あとは人事も担当されていたと。
そうですね。人事は従業員の採用や教育、あとは社内の人事制度を設計していくという業務もありました。独立するまでの3年間は、経営戦略と人事を兼務していました。
独立の背景にあった“経営理念”と“満員電車”
お話を聞いていると就職されてからは順調に社内でキャリアアップされていたのかなぁと感じるのですが、独立を選ばれた理由は何だったんですか?
独立を決意したのはいくつかの理由があって。
僕が在籍していた会社は経営理念をすごく大事にする会社だったんです。極端な話ですが、売り上げとか成績よりも、経営理念を体現できている社員の方が評価される一面もありました。確かに素晴らしい経営理念でしたし、現に僕が在籍している8年間で会社の売上は10億円→120億円まで成長しました。
でも、ある時ふと“会社から優秀な人材がそんなに生まれてないな”って思っちゃったんですよね。会社の中ではもちろん優秀なのですが、外に出た時に通用しないっていうか。経営理念が会社の一番重要なところにあって、それを優先しすぎると、その理念を超える人材やそこに異を唱える人材が生まれにくいと思うんですよね。あくまでも個人的な意見ですが…。
すごく広い視野というか俯瞰的な視点で会社をご覧になっていたんですね!
社長はもちろん素晴らしい経営者で、今でもすごく尊敬しています。経営理念もすごく考えられた素晴らしい理念だったのですが、じゃあ果たして会社が無くなって、社員が急に外の世界に放り出された時にどうなるんだろう?素晴らしすぎる理念が故、社員の思考や可能性にフタをしているんじゃないか?この理念の外に出た時にもっとすごいことができる人材がいるんじゃないか?と人事として面接や社員面談をしていた時にふと思ったんですよ。
他にも理由はあったりしたんですか?
当時在籍していた会社は、飲食業界の中でも採用に関して評判の良い企業だったんです。そういう理由もあって僕が人事や採用に関するセミナーに登壇すると、他の企業の方から相談を受けることも増えてきて。
それなら独立して自分でコンサルタントとして仕事にした方が稼げるのでは…という狙いもありました。でも独立した一番の理由は満員電車が無理すぎたっていう…。
東京は特に通勤時間帯の電車は混雑しますよね。
当時の会社は9時出社だったんですけど、満員電車が本当に無理なので毎朝8時前に会社に行ってました(笑)
心構えは「可能性の立場に立つ」ということ
2017年に独立されて、現在は株式会社WNCでコンサルタントと人材紹介をなさっていますね。
そうですね。居酒屋、焼肉屋、ラーメン店などの飲食店以外にも、不動産業者・警備会社など多岐にわたる業種・業態の方とお付き合いがあります。
どれくらいの店舗を担当されているんですか?
顧問を務めていた店舗も含めると200店舗以上ですかね。ただ、個別の店舗から相談をいただくということではなくて、店舗を経営している企業から依頼をいただくので、店舗数はあまり意識したことはないですね。
具体的にどういった相談を受けられるんですか?
基本的には人事に関する相談がメインです。業務内容としては採用、教育、制度設計の部分が多いですね。求人媒体への掲載から一次面接までを行ったり、マネージャーや店長の研修を行ったりしています。ただ、やはりクライアント様の目標に沿って全てを設計する必要があるので、中長期計画や年間目標の策定から関わる場合が多いです。
そこで決めた目標に対して全てを設計していきます。ですので、一概に人事だけというよりは全体的に関わる事が多いので、目標達成に必要な会議体の設計、アジェンダの作成や会議のファシリテートまで一貫して請け負います。
“外注の人事部“という形で仕事を受け、クライアント様に人事部ができるまでの業務をサポートしたりもしますよ。
また、僕自身に店長やマネージャー経験があるので、店舗の売上や利益を向上させるにはどうすればいいか?等を店舗の店長さんやマネージャーさんと共に取り組んだりもします。割と何でも屋さんです(笑)
“コンサルタント”といっても色んな業務があるのですね。業務の中で織田さんが心がけていることはありますか?
常に”クライアント様の可能性の立場に立つ“ということを意識しています。
僕の考えでは、コンサルティング業は顧問業と違いクライアント様の目標達成のために一緒に活動をしていく事です。その中で意見を求められる事も当然ありますが、僕がこうした方がいいですよ!と言っても、それはあくまで僕の意見であって、クライアント様が本当にやりたかった事とズレている可能性があります。
ですので、意見を求められた時は”どのようにすればいいと思いますか?“等の質問をすることが多いです。問題が起こったとして、僕に相談されたとしても僕は判断しない。僕は色々な質問を行い、クライアント様が事実やデータを元に自発的に解決策を出せるように導きます。
そして、僕はそこで出た解決策をより良い解決策に進化させ、確実に遂行して行くためのサポートを行うことに徹します。僕もクライアント様の目標達成には当然100%の責任がありますが、やはりその会社の社員さんが会社の事は一番よく分かっているし、一番会社のことを考えて仕事をしています。僕はその方々の可能性の立場に立ち、今まで以上のパフォーマンスを発揮して頂けるようにする、ということを常に心がけています。
コロナ禍の中で看護師の人材紹介もスタート
2020年以降、新型コロナウイルスの感染拡大が飲食業界に与えた影響はかなり大きいと思います。
飲食業界でいうと良い意味でも悪い意味でも淘汰されたなっていうイメージを持っています。本当に必要とされるお店しか残っていないんだなという空気をすごく感じる。
付き合いのある企業からはどんな相談が持ちかけられますか?
感染拡大が始まった頃は、従業員さんの給与に関する相談は多かったですね。給与カットが必要な会社の場合はどれくらいの期間、どの程度カットしてという話をして。“従業員さんの給与カットするんだったら僕のコンサルティング料をカットしてください”ということを言ったりもして。
あとは補助金や助成金の受給についても相談を受けていましたね。ただ、ありがたいことに僕がお付き合いのある飲食業界のお客さんは幸いにも業績が伸びている会社がほとんどなんですよ。だから出店、採用を一生懸命やりたいっていう企業が多いですね。
例えばどういった業態が伸びていますか?
コロナ禍の前からテイクアウトや宅配が主体だった飲食店は業績が伸びていますね。居酒屋から焼肉店などに業態変更をした店舗も売上を落としていない良い例です。あと、コロナ禍の中でもあまり売上を落としていないのがラーメン店。そういった業態はかなり採用に積極的ではあるんですけど、逆に飲食店で働きたいという人がそんなに多くないんですよね。
そんな中、織田さんは看護師の人材紹介サービスもされているそうですね。
サービス自体は2021年7月から本格的にスタートさせました。コロナ禍で、美容クリニック業界がすごく伸びているんですよ。でも看護師が足りていない。
一方で病院に務めている看護師は、夜勤があったり、勤め先によっては人の生死と頻繁に関わっていくことになる。そこにコロナ禍も加わって相当ハードな労働環境になっているんですよね。
美容クリニックは夜勤もありませんし、人によっては給料も上がる。あと福利厚生で施術も安く受けられることもあります。病棟の看護師として勤務し続けるのも良いですが、美容クリニックでの仕事も素晴らしいですよという提案をしています。
社会全体として病棟の看護師が必要なのは当然ですが、労働者としてより良い環境で働きたいと思って行動することはとても自然なことだと思います。
正直にいうと、僕自身もすごく葛藤はあります。でもどこまでいってもその人の人生はその人が選ぶものなので、転職を考えているという人の力にはなりたいと思って相談を受けています。
コロナ禍の先に見据える飲食業界の未来
今後の織田さんの展望について教えてください
看護師の人材紹介については、1人でも多くの方に“転職してよかったな”とか“新しい自分に出会えたな”“こんな選択肢もあったな”と感じて欲しいですね。飲食業界に関しては、業界の中に移籍市場を作っていきたいと思っています。
『飲食業界に移籍市場を作る』というのが僕の最終目標です。
かなりスケールの大きい業界全体に関しての展望ですね!
プロスポーツの世界をモデルにしています。
プロスポーツの世界では、選手1人1人の成績が誰にでもわかるように可視化でき、その選手が正当に評価されていると感じています。勿論、数字だけではない部分も評価の対象になっているとは思いますが、重要なのは「誰がどれだけ活躍しているかが分かり、その活躍に応じた報酬が支払われる」ということです。
もし、飲食店で働いているスタッフがどれだけ売上に貢献しているか、どれだけお客さんを持っているか、どれだけ美味しい料理が作れるか等を可視化することができ、飲食業界の会社や他業種の会社が、興味のあるスタッフをスカウトすることができたら非常に面白い世の中になるのではないか?と思っています。
非常に残念なことではありますが、能力相応の報酬を得られていない人材は世の中に溢れています。(逆も然りですが…)そんな人材が正当に評価され、能力相応の報酬を得ることができ、さらに能力を伸ばし成果を出すことでどんどん報酬が上がっていく。また、現状の環境で成果を出せば、引く手数多のスカウト話が飛んでくる…。
そんな業界にできたら最高だな、と考えています。当然、クリアしていかなければいけない課題は山積みです。ほぼ不可能に近いことだとは自覚していますが、全力でチャレンジしていきたいと思って取り組んでいます!
その目標を達成するために重要な要素は何だとお考えですか?
本当に色々とあります。その中で僕が一番重要だなと感じているのは、労働者側の気持ちの問題だと思います。
色々な会社で人事制度を作ってきた身なので非常に言いづらいのですが、やはり制度の中で生きていくと、そこからはみ出すのは非常にパワーが必要です。人事制度はあくまで会社の目標に沿って策定していくので、その目標を達成するために必要な人材を採用しますし、達成するために必要になる能力を身に付けさせるために教育体系も作ります。
雑な言い方をすると、会社の目標の中で必要な能力以上を身につけていくことが非常に難しい。会社側からすると優秀な社員は育てたい。でもそれはあくまでも会社の目標を達成するために必要な要素でしかないと思います。そうじゃない会社も当然あると思うので一概には言えませんが。(社長輩出を目標にしている会社もあるので)
プロスポーツの世界でも、チームの哲学、戦術によって使う選手が変わっていきます。その哲学や戦術の中で開花する選手もいれば、違うチームからその戦術を実行するための能力を認められ獲得される選手もいます。また、単純に能力が高くどこのチームに行っても活躍する選手も存在する。
目指す先を変えれば必要とされる能力は変わり、その能力を身につけるためには自分自身で目標を定めて努力する必要があります。与えられた教育を受けているだけでは到達できない世界が必ず存在し、そこに到達するには自分自身から全てを学んでいかなければいけません。
僕は、そういう「自分の人生を自分で選べる」人材を飲食業界にもっと増やしたい。そんな人材が増えれば業界全体にとってプラスでしかないと考えています。その為に、今は人材紹介という仕事で色んな方に会い、その方々の“可能性の立場”に立って、その方が自分だけでは気づけなかった自分の可能性に気づいてもらえるように日々精進しています。
もし、飲食業界に移籍市場ができたらどんな業界になっているとお考えですか?
人材採用に関して、いい意味でさらに競争が激化するのではないかと思います。
優秀な人材を採用する、または自社の優秀な人材を他社に移籍させないようにするには、勝ち続ける会社にならないといけないですし、労働環境や給与面も今以上に良くしていく必要がある。
その為には絶対的に会社の売上を上げて行かなければいけない、売上が上がる=お客様の支持率が上がるということなので、飲食店に行って素晴らしい時間を過ごすお客様が今まで以上に増えていくと思います。そうなれば、業界全体の市場規模も大きくなるのではないか?と考えています。
それにより業界全体の平均所得を向上させることができれば、今まで飲食業界に見向きもしなかった優秀な人材が他業種から入ってくる事にもつながると思うので、飲食業界全体の活性化に繋がると思っています。
ありがとうございます!最後に一言ありますか?
とは言っても、まだまだ小さな会社ですので今は目の前のことを精一杯やっていきたいと思います。
僕の目標を達成するには、本当に業界全体が手を組んでやっていく必要があると感じています。幸いにも会社規模の大きいクライアントが多いので、そういうクライアントと僕の考えを共有し、1人でも多くの共感を得られるように日々精進するのみです。飲食業界全体で協力し合い、今よりも素晴らしい業界にしていけるよう尽力していきます。
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