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インタビュー

「言葉にできない感性を大事に」日本初の動画ブランドを生んだクリエイター/田中祐樹さんインタビュー

移動通信システム・5Gの登場により、近年さらに勢いを増している動画ビジネスの世界。そんな時流の中で、日本初の動画ブランド「Awai」を立ち上げたのが、動画クリエイターの田中祐樹さん。

行政のPR動画などを制作しているのですが、従来のそれとは一線を画しているのが“Cinematic Vlog”というコンセプトのもと、ドラマティックな演出が効いた映像であること。テロップや音声もありません。

憂いを帯びたモデルの表情を繊細に捉え、そこにある匂いや風まで感じられそうな“淡い”魅力が詰まった映像には、PR動画とは思えぬ没入感と、これまでにはない観光誘致のパワーも感じます。

独学で動画を学んだという田中さんですが、動画作りに懸ける思いについて、そしてこれまでの異色の経歴についても伺いました。

■プロフィール
田中祐樹(たなか ゆうき)
京都府出身。2018年、エイベックス・エンタテインメント株式会社に新卒入社。同社にてアーティストや大型イベントの協賛・広告営業を経験。2019年、株式会社亀屋清永に転職し、京都の寺社仏閣を中心とした和菓子の営業に従事。2020年に現職の株式会社Next Keymanに転職。Creative Divisionの事業責任者に就任。動画ブランドを立ち上げ、営業から制作まで全てを担当している。2021年より、動画に出演するモデルを募る「Miss.Awai モデルコンテスト」総合プロデュースを務める。同年に取締役就任。

美しいものを作るという目標を動画制作で実現


動画ブランド「Awai」を制作するクリエイター、そして営業マンでもある田中さん。動画のクオリティからは信じがたいことですが、動画作りはスクールなどに通わず、2年ほど前にYoutubeなどで一から学んだのだそうです。

僕が現在勤めている株式会社Next Keymanに入社して立ち上げた「Awai」は、国内初の動画ブランドです。

僕には昔から、美しいものを作りたい、死ぬまでにどれだけ美しいものを残せるか、という理想、目標があって。高校生の頃に観た映画「秒速5センチメートル」に感銘を受けたのがきっかけで、そういった美しいものを作る、作り手になりたいという思いを持つようになりました。

それで学生時代の数年間、小説を執筆したりしていて。どんな形であれ、なんらかの美しい作品を作る側に回りたいなと。ただ、学生時代からそういった理想はあったんですが、いざビジネスとして理想を実現する上で、もちろん商材が必要で。

扱う商材を何にするかと考えた時、世間で5Gが話題になっていたんですね。そこで動画をやってみようと思い、Youtubeなどで作り方を調べて、独学で学んだんです。学ぶ方法がどうであれ、いいものができればいいという考えです。

社内には、現在は8人のメンバーがいますが、入社当時は僕と社長の2人しかいなくて。受け身でいてはダメで、何か仕事を任せてくれるというよりは「自分でやれ!」という。自ら仕事を作るのが当然という空気でした。

そんな中で、僕は社内にクリエイティブ部署を立ち上げて、動画ブランドをスタートさせました。
ブランド名の「Awai」というのは、言葉にできない感情を“淡い”と表現しました。言葉にできない、ロジックではないので、Awaiの良さはなかなか説明ができないんですよ。例えば夏の夕暮れ、夜空の星などを見た時に何かを感じるような、感性そのものというか…喜怒哀楽でいうと哀なんです。

ブランドを買っていただくという認識


言葉にできない美しさを動画で表現すると語ってくれましたが、PR動画を依頼してきたクライアントとのコミュニケーションも、一般的な動画制作とはスタンスが異なるようです。

PR動画として行政から依頼をいただいたりしていますが、あくまで動画をデザインではなくアートとして捉えているんですね。なので、ソリューションする必要がない、ある意味で一方的なビジネスとしてやっていて。

もちろんブランドの世界を守れる範囲であれば、カットの前後を入れ替えるなど、ある程度クライアントの要望にはお応えするんですが、基本的にはあんまり言うことを聞かない(笑)。

動画のプロではないクライアントが求めるものを、見る人も求めているのかという疑問もあります。場合によっては、お金を払っている人=クライアントのエゴになりかねない。それを避けるためにも、あくまでブランドを買っていただくという認識でやっているんです。

例えばルイ・ヴィトンのバッグに文句を言う人はいないのと同じように、僕が作る動画の世界を求めてくれる方に買っていただく。ブランドの世界から外れることを望まれるなら、別の所に頼んでいただいた方がいいと思っています。

そういった考えで振り切ってやっているので、クライアントから「Awaiの世界とは違うかもしれないんですが、こういう風にはできますか?」という風に聞いていただくこともあります。このようにブランドの世界を守るスタンスを実現できたのは、実績ではなく内面的なことだと思っています。


僕は動画の営業マンでもあるのですが、クライアントに「Awaiとは願いそのものなんです」というような説明をします。願いというのは、例えば”この街がこうなって欲しい”とか。僕は、あらゆるものが美しくあって欲しいという願いがあるんです。そういった説明を、口語ではなく文語でするんです。例えば昔という言葉なら“かつて”と言ったり。

それはブランドの世界を言葉で聞かせるというか、他と差別化して語れるということが大事で。また、人生を賭けているので、文句は言わせない、嫌なら買わなくていいという姿勢。そこが、実績がないところから始めても行政などから依頼をいただけている現状に繋がっている所以だと思います。

動画は特殊な商材で、完成形が分からない段階でお金を払って頂かないといけません。だから信じてもらうことが重要で、そのアプローチは少し宗教のようだとも思います。

起業準備をしていた1年間


動画の世界を守る姿勢を徹底して崩さないということですが、それをクライアントに理解してもらえるのは、きっと田中さんの並々ならぬ熱い思いが伝わっているから。
そんな田中さんは現在、25歳の若さで勤務先の取締役に就任しています。ここに至るまでの経歴も異色でした。

新卒でエイベックス・エンタテインメント株式会社に入社し、関西から上京しました。仕事は刺激的で楽しかったんですが、正直、理不尽だと感じることも多くて…それは自分が未熟だったこともあるんですが。入社した年の冬には、組織のトップになりたい、起業したいと思い、退職を決めました。

地元の京都に戻り、起業に向けた準備をしながら働こうと入ったのは老舗の和菓子メーカー。地元とはいえ、僕は長岡京市出身で、京都市内については意外と知らなくて。さらに、その当時に考えていたことの一つに“100万人に1人の人材になるには”というのがあったんですね。スキルや得意分野を掛け算することでレアな人材になろうと。

京都ならではの寺社仏閣と、前職の芸能を掛け合わせたらそうなれるのでは…という考えもあり、和菓子メーカーに営業として転職しました。この掛け算については、結果としては形にならなかったんですが…。当時、仕事で寺社仏閣に出入りする人ってあんまりいないなとも思って。

夕方には仕事が終わるので、日中働いて夜は起業準備という風に考えて。会社にも、起業の準備をしたいので1年だけ働かせて欲しいと伝えて入社しました。

ここで学生の頃の話になるんですが、僕は結構クズ大学生だったんですよ。分かりやすいんですが、酒・タバコ・女みたいな(笑)。でもある日、長期インターンシップを始めた友人と話があまり噛み合わないことに危機感を感じて。インターンで社会経験をしたことで、その友人が自分より一歩先を行っている感じがあって、かっこいいなと。

さらに同じ頃に彼女と別れて、その悔しさとか、友人に影響されたことも重なり、精神面を鍛えたいなという考えで長期インターンを始めたんです。営業はキツいと聞くので、それをやることで鍛えられるかと。

何が言いたいかというと、結果的にその長期インターンがクズ大学生だった僕を変えてくれたと思っていて、すごく感謝したんですね。それが、今度は自分が学生を育成したいという思いに繋がって。起業するなら、学生を育成する事業にしようと。

新卒で入ったのは芸能プロダクションだったんですが、世の中にはYouTuberなどのインフルエンサーをマネジメントするプロダクションもある。でも、大学生がビジネスとしてインフルエンサーをやるためのプロダクションはないなと思ったんですよ。だから僕が、第3のプロダクションとして、学生インフルエンサーに特化した“学生マネジメントプロダクション”を作ろうと。

その実現に向けた起業準備をしながら、和菓子メーカーで働いていました。結論としては起業は実現できなかったんですけど。

新卒で倍率の高い芸能プロダクションに就職したんだから、というプライドがあって、このままでは終われないという焦りを持って1年間起業準備していて。仕事のストレスも起業準備で発散するような感じで、ある意味楽しかったですね。

様々な巡り合わせが重なった現職との出会い


その後は入社当初の約束通り、1年で和菓子メーカーを退職。現在勤めている会社へ転職します。

和菓子メーカーにいた時に、その会社の採用支援を担当していた同い年くらいの男性がいたんです。当時は時々顔を合わせるだけだったんですが、その人が転職して、僕が現在勤めている会社に入ったんですね。何故かその人からTwitterでDMが来て「今の会社で人を探しているから、話を聞かないか?」と。それで社長に会ったら“次世代の鍵を握る学生を育てることがミッション”だと聞いて、それは僕がゼロからやろうとしていたことだった。

起業準備を1年間していた時に、これはゼロからやったら何年かかるか分からないということに気づいたんですよ。それならこの会社に入った方が早い。ベンチャー企業に憧れがあったことも理由の一つですが、話を聞いて15分で入社を決めました。面接らしい面接はしていないです。ちょうど和菓子メーカーを辞める期限が近づいていて、起業も難しいとなってきていた時で、タイミングも良かったんですよね。

“石の上にも3年”は的を射ていると思う

新卒入社時から起業を考え、次々と積極的に動いてきた印象です。転職について、今の世の中では価値観の過渡期にあると思います。中には転職することにマイナスイメージを持つ人や、悩んで決めかねている人も多いのでは。田中さんの考えを聞いてみました。

僕は辞める時はいつも、これがやりたいというポジティブな動機で動いてきました。転職する時、人に相談したりはしなかったですね。自分の人生のリスクを負えるのは自分ですし。

それに人に相談するとポジショントークというか、相手がこちらの空気を読んで背中を押してくれたりするじゃないですか。それを考えると、他人の意見は関係ないなと。

悩んでいる人に言葉をかけるなら、「勇気が出ないならやめときな」ですかね(笑)。若いうちは転職というアクションは大したことないと思ってますし、そんなに難しくない。転職すら自分で決めかねるならやめた方がいいです。もちろん技術が必要な転職で悩んでいるとかなら別ですが。

意外と僕は“石の上にも3年”派なんですよ。同じ環境にいれば嫌でも実力がつくと思いますし、そこで見える世界も変わってくるという意味で、割と的を射た考えだと思います。転職に悩むなら続けた方が楽です。

僕の今後については、今の会社の仕事を自分で作っていくというスタンスがかっこいいと思っていて。やりたいことがあれば、社内で新規事業として立ち上げる力がついたので、今後はもう転職することはないですね。


あとがき
これまでの経歴を伺ってきた中で、田中さんが“石の上にも3年”という考えを持っていることは少し意外でした。でも、これまで転職を迷いなく決断して来られたのは、全てやりたいことがあるという前向きな動機があってこそ。25歳にして既にこれだけの紆余曲折を経てきた田中さんの言葉には、自信と確固たる理想が感じられました。

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Written by

トヨダヒロミ

トヨダヒロミ

大阪府出身。雑誌や広告を制作する編集プロダクションに約7年勤務したのち、フリーライターに。インフルエンサーなどの新しい肩書きや働き方に関心を寄せている。

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