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インタビュー

「自分で決めたことは、納得できる」世界を旅するリモートワーカー/Michi

#リモートワーク #リモートワーカー #旅 #海外

パソコン1つで世界中どこでも仕事ができる。そんな夢のようなことがあるんです。フルリモートワークをしながら世界中を旅されているというMichiさん。

新型コロナウィルスの流行で注目されるようになったフルリモートワークですが、それ以前からフルリモートワークをされているMichiさんにその働き方についてお聞きしました。

■プロフィール
Michi
フルリモートワーカー、フォトグラファーとして活動。
SEKAI HOTEL公式アンバサダー。UZU HOUSE公式アンバサダー。
北海道・ニセコで住み込みのアルバイトをしながら、独学で英語を身につけ、海外と日本の往復生活を開始。その後、日本で民泊代行会社に就職するも、海外への思いが捨てきれず、社長に直談判し、旅をしながらフルリモートワーカとしての働き方を実現。

フルリモートワーカーとしての働き方


フルリモートでどのようなお仕事をされていますか?

民泊代行会社の会社員として働いています。保険とかの契約上、名目としてはフリーランスなのですが、仕事内容は正社員のときとほとんど変わりなく仕事をしています。これがメインの仕事で、副業としてフォトグラファーもしています。

カメラの方はもともと趣味で始めて、友人や知り合い、Instagramのダイレクトメッセージというようにどんどん依頼をいただくようになりました。新型コロナウィルスが流行する前は世界各地を旅して出会った人たちの写真をブログでシェアしていましたね。

旅先ではどんな写真を撮っているんですか?

人物の写真を主に撮っています。旅をしていて出会った人の顔って結構忘れてしまうので、しっかりと覚えておきたいという気持ちで撮っていますね。

フルリモートワークで働き始めたきっかけを教えてください。

世界中を旅しながら働きたいと思ったからです。

海外に行くのが好きになったきっかけは、北海道のニセコで住み込みのアルバイトをしたことです。10代のころにスノーボードにハマって、ニセコのカフェやバー、スノーボードのレンタルショップで住み込みのアルバイトをしていました。

そのころのニセコは海外からのお客さんがほとんどで、接客をするときに英語が喋れないと仕事にならないようなところでした。でも、私は英語が全然喋れなくて(笑)。最初は苦労しましたが、仕事や日常生活を過ごす中で自然と英語が話せるようになりました。

もともと旅に出ることも大好きで、そのころから住み込みのアルバイトでお金が貯まると海外に旅に出て、また日本に帰ってお金を貯める生活を送り始めました。

そんな生活を続けるうちに、私の人生にとって旅は欠かせない存在となっていきましたね。

30代になり、日本に戻って東京の会社で正社員として働いたんですけど、やっぱりちょっと旅に出たくなっちゃって。また働いてお金を貯めてから旅に出るっていう生活を繰り返していたんです。

その中で4年くらい前に今の会社で働き始めました。旅に出たいという想いがそろそろ落ち着くかと思ったんですけど、またどうしても行きたくなっちゃって。今度は10年くらい海外で過ごそうと考えていました。

そこで、社長に「リモートワークをしながら旅を続けさせてほしい」と相談したら、「いいよ。行ってきな」って言ってくれて。それから海外でフルリモートワークをしながら旅を始めました。

フルリモートワークをしていて困ったことはありますか?

日本との時差とコミュニケーションです。

時差が大きい国にいるときに、日本の時間に合わせてミーティングをしようとすると、深夜になってしまって……。

コミュニケーションの面では、毎日オフィスで顔を合わせているときのような雑談をほぼしなくなってしまったということがありました。席の隣の人と「これ、いいよね!」「こうすればいいよね!」とざっくばらんに話し合うようなおしゃべりって大切だったんだなと痛感しましたね。そうしたおしゃべりの中から出てくるアイディアが生まれにくくなっているという実感もありました。

コミュニケーションの課題については定期的なミーティングで改善されましたが、時差の問題は海外でリモートワークする上で気をつけないといけない点だと思います。

決断時の不安との向き合い方

英語に慣れる前から旅に出ていたそうですが、不安はなかったですか?

最初のころは英語をあまり話せない中で旅に出ていて、正直不安もありました。それでも、知らない土地を見てみたいという好奇心のほうが強くて、旅に出ずにはいられなかったんです。ドキドキより「自分でいろいろなことを経験してみたい!!」って気持ちの方が勝って。

実際、海外に行ってみると「言葉が通じなくても意思の伝え方はいろいろあるんだ!」という発見がありました。それが面白いなと思ってまたハマっていって(笑)。

非言語コミュニケーションのとり方や、様々な国籍の人が住む土地では必ずしもみんなが公用語を流暢に使いこなしているわけではないということ。そうした発見する度により一層、旅に魅せられていきました。

決断するときに大切にしていることはありますか?

何かを決めようというときには直感を大切にしています。

友達にも、「みっちゃん(Michiさん)は直感で突き進んでいく人だから、周りに何か言われて行動したとしても多分しっくりこないだろうから、もう直感でそのまま行くといいよ」って言われています。

多分、結構自分のことを信頼しているんだと思うんです。「自分がこうだ!」と思ってやったことは迷ったり失敗したりっていうこともあるんですけど、自分がした決断だと思うと「それも自分が選んだことだから」って思えるんです。

今後も居場所を探していきたい


フルリモートという働き方に対するお考えをお聞かせください。

この働き方は多分広がっていくんじゃないかなと思いますね。柔軟な働き方を応援してくれる企業が増えればもっと自由に働けそうだと思います。今は会社に行かなくてもほとんどパソコンで仕事が終わっちゃう業種も多いと思うので、フルリモートワークがさらに浸透していったらさらに自由な世界になるだろうなと思います。

これからやっていきたいことを教えてください。

ずっと住みたいと思える居場所のような場所を探すことです。今のところ、まだ「ここだ!」ってところはないんですけど、インドは好きですね。アジアの源が流れていて文化も深くて、もっと知りたいっていうものが溢れているんです。

文化など人間の根源のようなものが好きで。日本も魅力的でまだまだ知らないこともいっぱいあるんですけど、いい意味で自分の予想を超えてくるようなことが海外では起きるんです。

例えば、インドのラダックというところには標高3000mを超えるところに人々が住んでいます。ガスもインターネットもなくて、一番近い町に5日間くらい歩いていかなければいけないようなところでしたね。

そこで私は標高5300mくらいの峠を目指していたんです。空気も薄く、何日も歩いて体力が消耗しているすごくしんどい中で一歩ずつ歩いていって、目標だった峠に達成して「ワァー!」って喜んでいるときに、その峠の近くに住む人が携帯電話の電波を探しに来ていたんです。

峠の一番上には電波があるので、地元の人は電話をかけるためにその5300mの峠を毎日のように越えているそうで。そういうことを見たり、学んだりすることが面白いですね。

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Written by

こふく

こふく

オンラインインタビューライター。元銀行員。インタビュー記事、イベントレポートを中心に活動。一般社団法人プラスケア主催「#わたしたちの人生会議」佳作を受賞。モットーは「書くことで人の人生の選択肢を広げる」こと。山登りが好き。