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コラム

元日本語教員コラムvol.2|現場でわかった日本語学校の理想と現実

#資格 #教師 #日本語学校 #日本語講師

こんにちは、フリーライターの永野です!
現在は職業「在宅ライター」の私ですが、以前は4年ほど日本語学校で非常勤講師をしていました。高校生の頃からの夢だった日本語教員になることができた私ですが…。憧れていた日本語教員とは程遠い現実を目の当たりすることになるのです。

今回は、私が感じた日本語学校での苦労や日本語学校で働いて得た喜び、さらに日本語学校の給与事情などをご紹介したいと思います!

日本語教員を目指した理由

私が日本語教員を目指したのは高校生のときです。もともと教員を志望していた私ですが、教育系の大学のオープンキャンパスに行った際に日本語教員という存在を知り、興味を持ちました。

進学先や将来を考えるうえで、日本語教員は「人に教える立場」になれるという、自身の夢が叶えられることに加え、英語ができなくてもなれる職業であること、教員のように幅広い学力が必要ないことという”現実的になれるかどうか”の面もクリアしていました。

小さな頃から海外の方と交流する機会が少なからずあり、外国人との関わりも楽しそうだなと感じた私は「これはもう目指すしかない」と思い、日本語教員養成課程のある東京の大学に進学しました。

私が就職した日本語学校について


大学院にて無事日本語教員養成課程を修了した私は、23区内にある日本語学校に就職しました。その学校はネパール人と中国人の学生をメインに受け入れており、常勤講師が2名、非常勤講師は私を含め4名という比較的こぢんまりとした学校だったように思います。

大学の講義では、「日本語学校では各授業の教案を作成し、先輩教員がチェックをする」「学校によっては分単位での教案を作成しなければならず、チェックも厳しいことがある」といった話をよくされていました。

しかし、就職した日本語学校は教案の厳しいチェックもなく、授業の進度についてもクラスのレベルやその日の学生のコンディションなどを考慮し、無理のない範囲で、としてくれる比較的柔軟性の高い学校でした。

その分苦労が絶えない部分があったのも否めませんが、生徒ものびのび、講師も働きやすい環境を提供してくれた学長には今も感謝の気持ちでいっぱいです。

理想と違った!日本語学校での苦労

前述の通り働きやすい日本語学校ではありましたが、思い描いていたような日本語教員ライフとは程多い現実も多々突きつけられる場面はありました。

日本語学校には18歳以上の方が入学します。つまり、大人ばかりの空間ですので「静かに話を聞く」「真剣に学習に取り組む」といった姿勢が当たり前だと思っていましたが、そんなことは全くありませんでした。

まず、学生たちは連日のアルバイトで疲れ切っていました。留学生のアルバイトは1週間に28時間以内という決まりがありますが、学生たちはその範囲ギリギリまで働き、睡眠を取らないまま登校する日もありました。とりあえず出席率を確保するために学校へ来て、授業中ずっと寝ている、という学生も一定数存在しました。

また、学生のなかには日本語が全くできず、学ぶ気もないという人もいました。私がどんなに注意をしても、首を傾げ、イヤホンを装着し、授業中ずっとスマホで動画を見たりゲームをしたりして過ごす学生は、クラスに最低でも1人は居た記憶です。学校の決まりで授業中はスマホを没収することになっても、なんやかんやと言い訳をして頑として渡そうとしない人もいました。


寝ている学生、学習に参加しない学生以上に大変だったのは「全員ネパール人男性のクラス」でした。ネパール人は明るくお話が大好きなので、日本語の上達が早い人も多かったです。しかし、話好きが悪い方向に出てしまうと、授業中にも関わらずネパール語で大きな声で延々と会話をし続けるのです。

そんなとき、ネパール人女性や中国人の学生がいれば「うるさい!」と注意をしてくれるのですが、誰も留めてくれる人のいない環境では私が声を張り続けるしかありませんでした。授業が始められない、話を聞かないことで何度大きな声で注意をし、年の近い男の子たちとケンカをしたかもわかりません。

さらに、2年生の学生を受け持つと、進路指導や成績表の記入、試験対策などさまざまな雑務が増えるため、残業が多くなるのも大変でした。学力の低い学生は進学先に悩むため、一緒に進学先を探し、願書を書き、面接の練習をするのにも苦労しました。他人事のように考えている学生も一定数おり「誰の進路なのよ!」と思いながら準備を進めたのも、今ではよい思い出です。

日本語学校で働いてよかったこと


思い描いていた教員ライフとはかけ離れた日本語学校での日々でしたが、約4年間のなかで「日本語教員になってよかった」と思う場面は多々ありました。

1つはイベントです。日本語学校では学習はもちろんですが、学生たちが楽しめるよう、学校内での夏祭りやクリスマス会、遠足、卒業旅行などに加え、クラスごとに行うちょっとしたパーティーやお出かけなど、1か月に1度くらいはお楽しみがありました。

普段の授業ではなかなか見られない学生の楽しそうな顔、「先生、どうぞ」とちょっとしたものをプレゼントしてくれる気遣いなどに触れると「勉強は苦手でも、芯から悪い人はいないんだな」と思うことができました。

実際、どの学生も人柄はよく、嫌がらせをされた、授業をあからさまに妨害されて困ったということはなかったように思います(授業を聞いていない学生は多々いましたが…)。こうしたお楽しみを通して、教員と学生はもちろん、学生同士の仲も深まり、よいクラス運営ができました。

学生が検定や試験に合格した瞬間も、日本語教員にとっては喜びです。基礎的な学習が終わると、年に2回実施される留学生向けの日本語能力検定という検定試験に向けた授業も行いますが、真剣に学習に取り組み、試験に合格する学生がいるのはとても嬉しいことでした。また、専門学校や大学など、希望の進学先に合格できたときも、自分のことのように嬉しかったことを覚えています。

日本語教員になってよかったと最も強く感じる瞬間は、やはり卒業式でした。仲良くなれた学生たちとの別れは寂しいものがありましたが、2年間で立派に成長した姿を見ると、自身の努力や苦労も報われるような気持ちになれました。旅立つ学生を応援し、私も新たなクラス、学生たちと頑張ろうと前向きに思える瞬間だったように思います。

気になる!?日本語教員の給与事情

日本語教員を目指している、興味がある方が知りたいのは、現場の生の声はもちろん、やはり給与事情なのではないでしょうか。学校によって給与事情は異なりますが、非常勤講師は基本的に時給、もしくはコマ数で給与が支払われます。

日本語学校は、通常のアルバイトよりも時給は高めです。私が働いていた日本語学校も、当時時給1800円。午前中のクラスと午後のクラスを受け持てば1日で14000円でした。週に5日、フルで授業をすれば30万近くになるので、20代前半としては悪くない給与だといえるでしょう。

しかし、非常勤講師は基本的に残業代が発生しません。自宅へ仕事を持ち帰り教案を作ったり、テストの採点や次の授業の準備などで遅くまで学校に残ったりしても、授業以外の時間は無給です。また、夏休みや春休み、冬休みなど授業がない期間も給与は支払われず、警報などで学校が休みになった日ももちろん無給。毎月コンスタントに30万近く稼ぎ続けるのは難しいといえます。

私がいた日本語学校の時給と授業時間で計算をすると、フルで働いて年収280万円前後。新卒の平均年収は200~250万円といわれているので、20代前半ならば長期休暇もあり、悪くない収入だといえますが、非常勤講師でい続ければこの年収から大幅にアップすることはまずありません。

安定した収入を得ながら日本語教員として長く活躍するには、やはり常勤講師(正社員)を目指すのが賢明でしょう。

おわりに


約4年間の日本語教員ライフのなかで、「辞めたい」と思ったことは何度もありました。それでも続けられたのは、教えるのが楽しいから、学生の成長が嬉しいからということに加え「先生」と呼んでもらえることに喜びを感じたからです。

私は未熟な日本語教員でしたが、それでも学生たちのおかげで「先生」になることができました。日本語教員はたくさんの苦労もありますが、それを乗り越えた先に多くの楽しさや喜びがあることを知っていただき、1人でも多くの方が日本語教員に興味を持つ、目指してくだされば幸いです。

【おまけ】日本語教員になるには

日本語教員は資格がなくてもなれる場合もありますが、次の3つのいずれかを満たしていることを条件とする日本語学校が多いです。

・大学で日本語教育の専攻・副専攻課程を修了する
・日本語教育能力検定試験に合格する
・日本語教師養成講座にて420時間の履修をする

私は大学で日本語教員養成課程を修了し、さらに日本語教育能力検定にも合格しました。より実践的な学習をしたいのであれば、専門学校などで420時間の履修をするのがおすすめです。

ちなみに、日本語学校的には日本語教育能力検定に合格している講師が多いとよい、という風潮もあるようですので、大学や専門学校で学習中の方は、ぜひ検定合格も目指してみてください。

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Written by

永野 栄里子

永野 栄里子

大学・大学院にて日本語学を専攻。日本語学校での非常勤講師を経て、2018年よりライター業を開始。さまざまなメディアで記事を手がけながら「田舎の在宅ママライター」として新たな働き方を確立すべく、日々育児に仕事に奮闘中。