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コラム

ドイツで言われた「日本は大好きだ。でも絶対に働きたくはないね。」という言葉

#働き方 #ドイツ #ワーキングホリデー #サービズ精神

海外生活に憧れがあった私は、1年間ドイツでワーキングホリデーをした。

住み込みのベビーシッターをし、ドイツ人の父親と日本人の母親を持つ3歳のハーフの女の子の面倒を見ていた。

家族の食事も私が作るので晩御飯はみんなで食事をとることも多く、ドイツ人の父親とはいろんな話をした。

日本が好きだという彼は、日本のことをよく絶賛してくれたが、唯一褒めなかったのが日本人の働き方だった。

彼は銀行の管理職をしていたが、弁護士の資格も持っており過去には日本でインターンをしたこともあったという。

日本人はいつも謝っている。

彼に言われたこと。社内ではいつも誰かが謝っていて、何に対して謝っているのかよくわからなかったと笑っていた。

あまり日本語が話せない彼だったが、日本人の真似をするときのセリフはいつも「Suimasen、Suimasen」だった。

「お客様に対してもすみません、上司に対してもすみません。日本は好きだけどそんなに謝ってばかりの働き方はしたくないから日本では働きたくないよ(笑)」と彼は言った。

「日本ではお客様が偉すぎるんだよ。あと会社も従業員に対して強すぎる。上下関係が常にあって、働き手の立場が弱すぎるのがストレスだった。ドイツは違う。

客が強すぎることはないし、会社と従業員だってそう。何かおかしいことを言っていれば指摘していい。

今の仕事だって、クライアントが何か間違ったことを言っていれば私は指摘する。正直に伝えた方が、逆に相手に信頼してもらえることが多いんだ。」と教えてくれた。

お客さんと喧嘩するのはよくみる光景

確かに、ドイツのお店では失礼な客に対して店員がその場で怒り、口論になっている場面を何度か見かけた。

初めは驚いたが、何度かその光景を見ているうちに『そうか。働く側も人間らしくいていいんだ』と気づいて驚いた。

人間らしくいることなんて、ごく当たり前のことなのに。そんなことに驚いている自分にさらに驚いた。

失礼なことをされれば嫌な気持ちになるのに、日本での「お金をもらっている立場だから我慢しなければいけない」という精神が無意識にかなり身についてしまっていた。

『仕事中』というだけで、働き手がかなり下から出ないといけない癖がついている気がした。そして、日本では客側ももてなされることに慣れすぎていて、少し良くない点があっただけで不満に思ってしまう。

対等である必要はないにしろ、人間らしさが極端に働き手から減ってしまっているのだ。

別の海外の友人からもこんなことを言われた。

「日本ではコンビニで100円のガム一つで土下座させられている映像を見たことがある。100円にそこまでの価値があるのか。どうして客はそんなに強くなれてしまうのか不思議だ。」と。

確かにそういった横暴な客の映像を見て、海外なら言い返して喧嘩になるのだろうが、日本ではそれがない。

一方的に責められ、いつも完璧なサービスを提供しないといけないという潜在的な日本社会の常識が、海外の人たちから見れば苦痛そうで仕方ないんだろう。


そんな話聞いていた私は、帰国後に日本で受けるサービスに時々違和感を感じるようになっていた。

怒る客が悪いと思っていた私だったが、謝ることに慣れてしまっている店員の異常にへりくだった対応が、客側のそんな態度を引き起こしている気もしてきたのだ。

まず感じたのは、なんと自分の店員さんに対する気持ち。

帰国当初は、空港に着くなり日本のグランドスタッフさんの対応に感動し、「あぁ、日本のサービスはやっぱり丁寧ですばらしいなぁ。」と感動していたのに、1ヶ月がすぎて日本の感覚に慣れてきた頃、私は店員さんに対して不満を持つことが増えてきていた。

海外にいたときは怒らなかったようなことに、言葉にせずとも心の中で「むっ」としてしまう瞬間が増えた。

いや、余裕のないときは態度に出てしまっていたかもしれない。それも、海外の人のようなあからさまな不満を伝えるようにではなく、遠回しな不満の出し方で。

『海外での私と日本にいる私、何が違うんだろう』と考えた時、意外と働き手の態度が私が傲慢になってしまうきっかけを作っているような気がした。

至れり尽くせりのサービスに加えて、少し客側の意向に沿えなかった時に必要以上に謝ってくれる優しい店員さんが多かったのだ。

初めは「いやいや全然大丈夫ですから」と思えていたものが、謝られすぎるとなんだか自分が強い立場な気がしてきてしまうから不思議だ。過度な謝罪は、逆になかった不満を生み出している気さえした。

クレーマーへの対応を変えてみた


そんなことに気づいた頃、私は電話でクレームの対応の仕事をしていた。

クレームと言っても、内容は理不尽なもので単なるクレーマーだった。私も初めは謝っていたが、クレーマーを排出するのは実は働き手にも問題があるんじゃないかと思い始めていたので、謝りたくなくなった。

ただ、言い返すことは会社から禁じられているのでどうしようかと考え、一旦謝ることをやめて黙って、時々相槌だけ打つ程度に態度を変えてみた。

すると、ずっとキレていた相手は戸惑い始めた。「こちらが怒っても客だから許される」「どうせ相手はひたすら謝ってくる」と思っていたのだろう。

突然謝られなくなったことで、怒れなくなってしまったようだった。相手が落ち着いたところで、本当に困っていることは何かをもう一度聞いてみた。

すると、ブスッとしながらも答えてくれたので私も改めてきちんと対応でき、最後にはなんと感謝を添えて電話を切ってくれたのだった。

クレーマーも、やはり自分が理不尽だと心の中では自覚しているのだと感じた。私も、納得していないことに謝る必要がなかったことで、ストレスをあまり感じずに終わった。

この出来事は、どんな一瞬の人間関係であってもお互いの反応で作りあっているものなんだと感じる良いきっかけになった。

日本では働き手が謝りすぎることで、時々客側が無意識に相手を軽んじて見てしまっているように思う。

人は誰しもストレスを抱えている。ただ、それを友人に気軽にぶつけたりしようとはしないのに、店員には出てしまう時がないだろうか。

クレーマーとまではいかなくても、ちょっと冷たい返事をしてしまうとか、目を見て伝えないとか。少なくとも私には心当たりがある。

きっとクレーマーの彼も、サービスに満足していないわけではなく、ただ誰かに日頃の怒りをぶつけたかったのかもしれない。

そこに謝ってくれるとわかっている私がいたので、怒りをぶつけやすかったのだろう。

ただ、彼の“日頃のストレス”は、もしかしたら彼が働き手の立場の時に受けたストレスかもしれない。そうだとしたら、なんて悲しい負の循環なんだろう。

働くときの関わり方を、まずは自分が意識してみる


その循環を断ち切る方法は、「店員さんにも丁寧に接する」といったことも大切だけれど、意外と自分が仕事をしているとき(働き手側の時)の意識の方が大切なんじゃないかと思った。

相手の役に立つように精一杯努力はするが、へりくだりすぎない。人として嫌なことには、我慢しすぎない。

お客さんと同等の立場でいるように努力すべきなのは、日本の場合は働き手の方かもしれない。

「そんなことを言っても社会人なんだから」「仕事なんだから」という声が、私の頭の中でふとよぎる。

そんなときは、『そんな常識は日本独特のものなのかもよ?』と自分に問いかけるようにしている。

海外でのその場でお互いが言いたいことを言うスタイルは、一瞬よろしくなさそうに見えるが、後に引きずらない。客も働き手も、その場で消化できるから。

でも日本のように、自分の『ひと』としての気持ちを無視し続けると、心が疲れてしまう。人間らしくいられなくなってしまう。

人間らしさが削られていく出来事が、ほんのちょっとずつ、でもじわじわと起こっているのが日本の労働環境な気がした。


ドイツで日本だ大好きだという人達とたくさん友達になった。日本で働きたいという人もたくさんいた。

でも、帰国してから日本で出会った日本で働く外国人たちは少し辛そうだった。それが悲しかった。

全世界から愛される国、日本。実際に働いてみてからも「やっぱり日本は最高だね!」と言ってもらえる国でいたい。

もちろん、日本の“お客様は神様”精神のおかげで、日本のサービスに感動して日本が大好きになる人が多いことはとっても素晴らしいことだと思っている。

そこに、自分らしく楽しそうに働いている人が更に増えれば、もっと日本の良さが滲み出ていくのではないかと思う。

そしてそれは、今日からでもできる仕事中のちょっとした心持ち次第なのかもしれない。

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Written by

西田 朱里

西田 朱里

関西大学社会学部を卒業後、5年間信販会社で営業を経験。その後長年の夢だった海外へ。2019年よりドイツへ渡るも3ヶ月後に世界がコロナ禍になってしまうが、運良く1年間滞在でき2020年に帰国。帰国後は実家のお米屋さんを盛り上げるために『珈琲とコインランドリーのお店。ハレ』で和定食の朝ごはんを提供したり、犬の歯石取りイベントを開催したりと、様々な分野に挑戦中。