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コラム

元日本語教員コラムvol.5|東京で10年暮らした田舎者の私が感じた、都会暮らしの魅力とは

#Uターン #ライター #在宅ワーク #田舎暮らし

こんにちは、フリーライターの永野です!

高校卒業後に上京し、学生生活、就職、結婚などを経験したというのは以前もお話ししましたが、東京での10年は田舎者の私にとって非常に魅力的でした。

一方で、田舎とは異なる人間関係や周囲の方々の生活事情などを垣間見る機会もあり、Uターン後は「なんやかんやで住み慣れた田舎が一番だな」と思うことも少なくありません。

今回は、私が10年の都会暮らしの中で見て、感じたさまざまなことをご紹介したいと思います!

私の田舎と上京の理由

私の田舎は岐阜県、地方都市である名古屋から電車で40分ほどの場所にあります。ド田舎、というほど田舎ではありませんが、かつてにぎわっていた駅前商店街はシャッター街となり、子どもよりも高齢者を多く見かけます。アパートやマンションは少なく、一軒家が多いのも、田舎ならではの特徴ではないでしょうか。

そんな田舎で大学や専門学校に進学する際の道は「関東に行くか」「関西に行くか」「地元に残るか」の大きく3つで、地元に残れば生活費がかからないことから、車を買ってもらえるという家庭も多くありました。私も地元の大学進学を目標としていましたが、「日本語教員になりたい」という夢を持ってからは、養成課程のある東京の大学に興味を持つように。

無事受験に合格し、東京での1人暮らしをスタートすることとなりました。

上京の際に抱えていた不安


本来であれば華やかな都会での日々が始まることに胸を躍らせるのでしょうが、まだ18歳だった当時の私には、一人暮らしや慣れない場所での生活に対する不安の方が勝っていました。

掃除、洗濯、料理といった家事を自分でこなすことができるのか、学業との両立はできるか、大学で友達はできるか、単位を落としたりしないか、よいアルバイト先は見つかるのか、そもそも私はまともにアルバイトをできるのか…。

考え出すとキリがないくらい、大学生活や日常生活に対する心配が押し寄せてくるのと同時に、生まれてから18年間住み続けた実家、地元を離れるのが寂しく、YUIの「TOKYO」という曲をヘビーローテーションしながらセンチメンタルな気分をかみしめていたことを、今でも思い出します。

東京での10年はどんな暮らしだったか

寂しさや不安を抱えながら始まった東京での生活でしたが、そんな気持ちはすぐに吹き飛んでしまうくらい、とても楽しいものでした。大学ではバスケットボールサークルに入り、サークルでも学部でもすぐに友だちができました。

遊びも勉強も恋愛も、アルバイトもそこそこに頑張った大学4年間のあとには、進路について悩みながらも日本語教員の資格取得や論文執筆に必死に取り組んだ大学院での2年間と、6年も自由な時間を過ごし、夢だった日本語教員に。25歳で結婚し、産休なども挟みつつ約4年間、非常勤講師を務めました。

このまま東京で日本語教員としてやっていくのだろうなと思っていた矢先に、思いがけず訪れたUターンだったため、東京での楽しい生活や仲良くなった人たちとの別れを受け入れられないこともありました。地元に帰ってからも半年くらいは「東京に戻りたい」と思って涙をこぼす日もあったほどですから、私の東京での10年はとにかく楽しくて、幸せなものだったといえるのではないでしょうか。

都会の人間関係

華やかで楽しい都会での生活でしたが、人間関係については「田舎より希薄」だというのが正直な感想です。1人暮らしのあいだはワンルームのアパート、結婚してからは賃貸マンションで暮らしていましたが、10年のあいだに隣人や近所の方との交流があった、ということは一度もありません。

何度か転居もしましたが、隣に住んでいる人が男性なのか女性なのかもわからない、ということの方が多かった記憶です。引っ越しの挨拶に行ったこともなければ、誰かが挨拶に来たこともありませんでした。私の田舎では引っ越しをしてきたら近隣の住居の方全員に挨拶にいくのが当たり前なので、母親には「挨拶に行かなくていいのか」と、心配をされることもありました。

大学やアルバイト先、職場で知り合った方のなかには、東京や神奈川、千葉、埼玉などに実家のあるいわゆる「地元の人」もいましたが、半分くらいは地方から出てきた人たちでした。よく「東京の人は冷たい」と聞きますが、関東の方も地方の方も話してみると優しい方が多かった印象です。ただ田舎のように道であった知らない人に挨拶をするといったことはあまりなく、飲み屋などでの集まりも定期的に人の移ろいがあり、都会で深く長く付き合いをしていくのは難しいのかな、と感じる場面は多々ありました。

都会での生活事情

東京にいた10年のなかの半分以上は学生で、両親からの仕送りで生活費をまかない、アルバイト代は全て遊びや貯金といった自分の好きなことに使っていました。また就職後も割と早い段階で結婚したため、1人で生計を立てていた期間は非常に短いです。

しかし、そんな私でも都会での生活は「何をするにもお金がかかるなぁ」と感じることはよくありました。ちょっと子どもを遊ばせようと思ったらバスに乗り、電車に乗らなければならず、時間制のキッズスペースは食事も含めて2000円近く。車で出かければどこも渋滞で無駄にガソリンが減り、駐車場にもお金がかかりました。

食料品や日用品、洋服などの物価が驚くほど高いということはありませんでしたが、「地元で見たの同じものよりも50円高い」ということは多々あり、「都会での生活はお金がないと成り立たない」というのは日々感じていました。

東京での生活で最もお金を使うのは、やはり住む場所です。ワンルームのアパートでも5万円、6万円を超えることは当たり前ですし、夫と長男と3人で住んでいた杉並区のマンションは、2LDK駐車場付きで家賃は20万円近くでした。23区を外れれば家賃はやや下がるものの、今度はどこに行くにも交通費がかかるというデメリットが発生します。

Uターンの話が出る前には東京にマイホームを購入するという話も浮上しており、いくつかの物件を見て回りましたが、23区を外れた場所でも土地代は1坪100万円前後であることも少なくなく、「この広さでこの値段!?」と驚かされました。

東京での生活を振り返ったときに「楽しかった」の次に思うのが「よくお金を使った」です。1人で、パートナーと、仕事をして好きなことをして過ごすのであればあまり苦労はないのかもしれませんが、家や車を購入し、子どもに教育をつけようと思うとそれなりの収入がないと難しいのではないのかなと思います。

都会暮らしの方々の仕事について

私は東京都三鷹市や練馬区、杉並区と、都心からは外れた場所で10年というときを過ごしました。都会暮らしの方は色々な仕事をしており、雇用形態もさまざまでした。

誰でも名前を知っているような大手企業に勤めている方、公務員の方、フリーターの方。アパートの一室を事務所にしている小さな会社に所属し、週末は飲み屋でアルバイトをしているという友人も数名いましたし、アルバイト先が飲食系だったことから、飲食店を経営している知り合いも多くいました。

また、都会ならではだなと感じたのは、アルバイトをしながら役者やミュージシャンなど、芸能関係の夢を追いかけている人も多くいたことです。当時の知り合いのなかには、同世代で30代も半ばに近づいた現在も夢を追い続けている人もいますし、見切りをつけ地元に戻った人、結婚をして別の幸せを手に入れた人もいます。

ちなみに、生まれも育ちも東京の夫の話によると、「都心に行くとすごい仕事をしている人はもっといる。考えられないようなお金持ちもいるし、芸能人もいる」そうです。私は活動範囲が狭かったのでそういった方に出会う機会はなかなかありませんでしたが、テレビのなかでしか見るようなことのない人も、確かにこの世に存在しているんだなと感心したことを覚えています。

東京にはこんな魅力がたくさん!

困ったり悩んだりすることもあった都会暮らしですが、やはり大都会東京には、田舎にはない魅力がたくさんありました。交通の便がよく色々な場所に行けること、遊び場がたくさんあること、買い物をする場所に困らないこと、新しいものがいち早くとどくこと…。

田舎にはないキレイなマンションに住めたのも、よい思い出です。街灯がポツリポツリと並び、夏には川にホタルが舞うような場所に住む今からすると、東京タワーと東京スカイツリー、新宿のビル群が輝く美しい夜景を毎日ベランダから眺めていたのが夢のように思います。

人間関係に田舎とのギャップを感じることもありましたが、大学やアルバイト先では多くの仲間に出会うことができました。長男を連れて出かけた先でも、たくさんのママ友ができました。遊びにはお金がかかりましたが、素敵な人たちに出会えたので、もったいないとは思いません。

20代の自由な時期を、魅力たっぷりの都会で過ごせたことを、私は今もとても幸せに思っています。

おわりに

今回、都会暮らしについてのコラムを書かせて頂くにあたり、改めて東京での生活を振り返り、「私は東京が大好きだった」ということを久しぶりに思い出しました。Uターン後も年に1~2回は家族で長期旅行に行っていた東京ですが、新型コロナウイルスの影響でこの2年は全く近づけていません。

東京で暮らすために必要なのは、やはりお金です。あの時Uターンという選択をしなかったらと考えることもありましたが、世帯収入やコロナの影響を思うと、今より明るい未来はなかったように思います。

私は東京での生活のなかで、辛い思いをすることがほとんどありませんでした。楽しかった思い出だけを持って住み慣れた田舎に戻ることができたのは、ある意味幸せなのかもしれません。

近いようで、ここ2年で一気に遠い存在になってしまった東京ですが、コロナが落ち着いたら、大好きな仲間に会いに行こうと思っています。

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Written by

永野 栄里子

永野 栄里子

大学・大学院にて日本語学を専攻。日本語学校での非常勤講師を経て、2018年よりライター業を開始。さまざまなメディアで記事を手がけながら「田舎の在宅ママライター」として新たな働き方を確立すべく、日々育児に仕事に奮闘中。