親から子への事業継承はよくある話ですが、大抵は事前に計画されていることがほとんどではないでしょうか。
父親が倒れたことで急遽、家業を継ぐこととなった川崎さんは、27歳という若さで、異業種から不動産会社の社長に着任しました。
代表就任から約1年。当時の想いや、家業を継ぐことの難しさ、これからの目標などをインタビューしました。
■プロフィール
・川崎竜太郎(かわさき りゅうたろう/1993年3月22日生/大阪府堺市)
・関西学院大学卒、在学中はウィンドサーフィン部に所属、関西5位の入賞成績を誇る
・証券会社で約2年勤務、転職しリノベーション会社で約3年勤務
・2020年4月「株式会社アクティブ・エステート」代表取締役に就任
家業を継ぐという考えはなかった
大阪府の堺筋本町で35年間、不動産売買・管理・仲介を行う『株式会社アクティブ・エステート』は、取材に応じてくれた川崎さんの父親である、川崎博さんが設立した会社です。
現在は代表取締役に就任している息子の川崎さんですが、元々家業を継ぐつもりはなかったそう。
川崎さん
基本的に家業のことはどんな時も考えないようにしていました。いずれは家業に参入しようという考えは、自分の中で甘えになってしまう気がして。
加えて、不動産業に興味が無かったことも要因のひとつだと思います。
父からも会社を継いでほしいと言われたことは無く、自分がしたいことをしなさいと言われていました。
大学卒業後、“数字に反映されることで努力が目に見えて分かる仕事”に就きたいと、証券会社に就職した川崎さん。しかし、2年ほどで退社します。
川崎さん
証券会社はノルマが毎月設定されていて、1か月間決められたノルマの達成に向かって頑張る。翌月になると先月の成績はリセットされ、またその月のノルマ達成に向けて頑張る、という流れの繰り返し。
入社して2年が過ぎて、この流れをあと何十年もするのかと考えたときに、自分が興味のある他の仕事にも挑戦したいと思い転職を考えました。
次に就職したのが、主に住宅や店舗のリノベーションの提案・施工を行う会社。
家業に近い職に就いたように思いますが、特に意識して選んだわけではないと言います。
川崎さん
単純に『衣食住』に関わる仕事がしたかったんです。ファッションセンスには自信が無く、料理をしない僕には「住」が一番合っていると思い、住まいを豊かにする仕事を志望しました。
近年、日本では “空き家問題” が増加しています。リノベーションは、既存の建物を好きな間取りや仕様に生まれ変わらせることで、住む空間をより有効活用することができます。
リノベーションのこの仕組みは、新築の新しいものを作って消費するサイクルと違い、時代のニーズに応じていると感じ、この仕事に携わりたく入社を決めました。
今は変わっているかもしれませんが、僕が働いていた頃は、工事の段取りから現場管理、設計、デザイン決めまで幅広い業務を受け持っていたので、マルチタスクに学ぶ事ができました。
初めは知らないことばかりで、とにかく難しかったです。解体した後に希望の間取りでは建てられないと分かることや、クレームで工事がストップすることもありました。でも個人の裁量が多くて、やりがいはすごくありました。
入社から2年9か月、リノベーション会社で着実に経験を積み、成長していた最中。川崎さんの生活を大きく変える出来事が起こります。
父親が倒れ、想定外の代表就任
川崎さん
ある日、姉から電話があり、父が死ぬかもしれないといきなり言われ、急いで病院に向かいました。
医者からは、大動脈が破裂していて、手術をしてもおそらく助からない、仮に成功しても植物人間になるだろうと告げられ、手術を受けるか受けないか選択を迫られました。
少しでも可能性があるならと手術を受けることを希望。幸いにも手術が成功し、一命を取り留めましたが、意識が戻らない日々が続きました。
一家の大黒柱であり、会社経営者の父の急病。ご家族の不安は相当だったことでしょう。そんな状況の中、川崎さんは早々に家業に入る決意をしたと言います。
川崎さん
手術の翌日に、リノベーション会社の社長に辞職を伝えました。当時はそうするしかなくて。
会社を辞める予定はなかったけれど、父が倒れて、手術は成功したものの、回復の見込みはない。雇っている従業員の方もいるし、兄弟は姉と自分だけ。自分が今どう動くべきか考えたときに、家業を継ぐという答えしか出なかった。
手術から数日後、父・博さんは目を覚まし、その日から少しずつ回復し、約2か月後には退院できるまでになったそうです。これは医者が「信じられない」というほど奇跡的なことだとか。
しかし、大きな病気の後で、すぐに仕事に復帰できるわけはありません。銀行や融資の関係もあり、代表取締役の不在は避けたいところ。そういった背景もあり、川崎さんは『複数代表』という形で、父親と同じ代表取締役に就任します。
リノベーション会社と不動産会社、一見すると似ているように思うかもしれませんが、実態は全く異なります。代表就任時の川崎さんは、不動産業の知識は無いに等しかったそうです。
川崎さん
肩書は代表取締役ですが、会社での立場的には新人。管理や賃貸など不動産の基礎を覚えるところからでした。
弊社は中小企業で人数が少ないこともあり、研修制度やマニュアルが特に無くて、実践あるのみという状況。正直、失敗することで正解を学んでいくといった感じでした。
27歳の社長が打ち当たったリアルな課題点
急な転職、想定外の代表就任といった激動に、当人が迷いや戸惑いを感じるのは当然のことでしょう。
しかし、この状況に戸惑っていたのは川崎さんだけではありませんでした。突然現れた若年の社長に、40代・50代が多い従業員もまた、どう接すれば良いか分からず当惑していたのだとか。
川崎さん
父の会社だからといって、従業員の方と昔から顔見知りということはなかった。そして、自分は外交的な性格ではないので、すぐに親しくなるというのが難しくて。
そもそも従業員の方は父に随行しているわけで、自分に付いてくれているのではない。初めは接し方に距離があるように感じていたし、正直、今でもそのような雰囲気はまだ少しあると思います。
従業員との関係性は、今の自分の課題点なので改善していきたいですね。
最近は、何かに取り組む際には、その目的を明確にして、全員でしっかり共有することを心がけています。そうすることで、同じ目標に向かって推進できるチームを築いていければな、と思っています。
社長交代で、新任の社長と従業員の反りが合わないことはよくあることでしょう。ですが、その他にも抱えている課題点があると言います。
川崎さん
営業力が弱くて…。設立してから35年間、営業をかけるのは父ひとりだけで、いただいた仕事を従業員で分配するという、いわゆるワンマン型の経営をずっとしていて。昔ながらのやり方ですよね。
今の時代、これでは売上に限界があるので、営業担当を増やして、より多くの仕事をいただけるように変えていきたいと思っています。
ただ、そこを変えていくには自分はまだまだ力不足。代表に就任して約1年、不動産の知識は多少ついたものの、経営については分からないことが山ほど。スキルアップのため日々勉強中です。
安心して任せてもらえるように。「自ら率先して動く」がモットー
川崎さんは、社長という立場でありながら “自分が動くことが大切” と語ります。この考えは父・博さんの在り方から学んだそう。
川崎さん
どんな会社であっても、社長がただ後ろから見ているだけではダメだと思っていて。トップが自ら率先して動く姿を見て “この人なら大丈夫” と付いてきてくれる人が増えていくのだと思います。特に自分のような若い後継の社長は、行動で示すことで、理解してもらえることも多いはず。
おそらく、今後父が退いたときに、辞めてしまう従業員はいると思います。人間関係なのでそれは仕方ない。自分に付いてきてくれる人材を確保することも、新しい社長の任務だと思っています。そのためにも、まずは自分が動くことですね。
父・博さんからは「どうしても嫌になったら代表を辞めてもいい」と言われているそうですが、川崎さんは「辞められないし、辞めない」と言います。
社長として大成するため、大きな買い物をしたのだとか。
川崎さん
少し前に借金をしてマンションを買いました。不動産業について、もっとしっかり知ろうと思って。
実際に賃貸運営をすることで、オーナーや入所者の気持ち、工事の進め方などを体感することが出来ます。貸す側、借りる側の双方の気持ちを理解した上で、ベストな提案をしていければな、と思っています。
最後に、川崎さんに今後の目標についてお伺いしました。
川崎さん
会社をもっともっと成長させていきたいです。ひとまずはスモールビジネスでも良いので、営業力をあげて、サービスを変革していきたい。リノベーション会社での経験もあるので、ゆくゆくはリノベーションも受けていきたいですね。
お客様の声をもっとたくさん聞いて、より良いサービスを提供し、売上を伸ばしていきたいです。父の会社を守れるように、がむしゃらに頑張ります。
終始、穏やかに話してくれた川崎さんですが、その顔つきは覚悟を決めた社長の面持ちをしていました。ますますのご活躍を応援しています。ありがとうございました!